メシヤ講座三重

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質疑応答形式で作成を始めた19年11月度からの「メシヤ講座・三重」を掲載していきます。
個人のプライバシーに関する記述および個人を特定できてしまう記述は編者の独断で省略しておりますので文章につながりがないことがございます。
また、筆記で作成していますので表現上書きとれなかった箇所もございます。 
ご賢察の程お願い申し上げます。


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平成23年4月分


メシヤ講座特選集No.122 
<御教え>
『文明の創造』総篇
天国建設の順序と悪の追放 (文創  昭和二十七年)  を拝読


◎震災で皆が活力を無くしている。

(先生)
先月の三重支部での月次祭のときに大震災が起こったわけです。そしてここから東へ向かうごとに段々その震災の酷さがわかるようになってきました。九州へ戻ってみますと、お年寄りの方々が大津波の映像を見る度に気が落ち込んでしまっていました。「どうしてこのようなことが起きるのか」と塞ぎこんで「活力が起きて来ない」と、そのように話していました。これは普通の心理であると思います。酷い惨状の映像を見て落ち込まない人はいないのではないでしょうか。

海外では日本では流せないような、更に酷い映像も流れているようです。また日本全土が震災にあったようなそんなふうに流れているようで、各地のホテルなど海外からのキャンセルが相次ぎ、ガラガラになっていると聞きます。

これは日本政府の発信の仕方が悪いと思うのですね。

◎思考停止し、正しい判断ができない。これが最後の審判の型

(先生)
それでテレビでも毎日毎日同じコマーシャルばかり流れましたね。1,2回は良いのですけども、毎日毎日何度も聞かされると滅入ってしまいます。取り分け子宮頸癌に関する内容は出演者が知識がないこともありますが、気の毒な内容でした。それでコマーシャルを見たくないので、NHKに切り替えるとまた原発のことばかりやっていて、益々滅入ってしまうという精神状態に追い込まれました。被災された方々は総てを無くした状態ですので、言わば、もう放心状態になっておりますし、被災状況を毎日テレビで見ている人達は逆に思考停止状態にさせられています。同じことばかり聞かされて思考が停止してしまっているのです。

津波が起きたことが『最後の審判』ではなくて大津波の映像を目の当たりにして日本人の思考が停止していることが『最後の審判』の型の一つなのです。先ほどの話のように、福島第一原発は欠陥品だと設計者の訴えが週刊誌に出ていましたね。ずーっとアメリカで会社にも政府にも訴えていたようです。にもかかわらず日本政府は対策をせず今日まで来てしまったためにこういう災害が起きていると。

災害が起きたら、すぐにセメントで固めて、そしてそのまわりを鉛で固めてもう一回セメントで固めれば被害は最小でおさまる、という進言があったにも関わらず、総理大臣は自らの知識を過信し、東電は原発を温存しようとしたために、これだけ日本を巻き込んで被害が拡大してしまいました。

その判断ミスというのが『最後の審判』の型である訳です。何が良くて何が悪いかということが判断できなくなってきているということを、今我々が見せられているということが、一方ではあります。

それからもう一つは東北の方々の様子をお聞きしておりますと、「頑張れ」と言われるよりも「耐え忍んでください」と言われた方がしっくりくるそうです。楽天の星野監督が被災地を回った時に「われわれも必死になって戦う。耐え忍んで、乗り越えていきましょう」とメッセージを送っていました。それが被災者の心にスーッと入ってきたという事です。

言葉をどのように発して行くかというのが大事であるという事です。

◎被災地から離れた人の心ない行動こそ『最後の審判』の型

(先生)
また、被災地の方々が秩序を守って対応されていることに海外の人達は非常に評価をしております。しかし、一方では被災地から離れた人達がマスコミに踊らされて、付和雷同しています。カップ麺や乾電池などを買い占めてしまっているために店の棚がすっからかんになってしまっています。

当事者の方々があれだけ素晴らしい評価を得る姿勢でいるのに、離れた人達がどっしりしていなくて、いろんなものに踊らされて買い占めというようなことを起こしてしまっ
ている。

この姿こそが『最後の審判』の型なんだということを良くわかっておいて頂きたいと思います。

◎正しい判断力を養うために、御教え拝読に懸命に取り組もう

(先生)
そこで、もう一度我々は正しい判断が出来き、何が正しくて何が間違っているのかということを見極めて行ける、そういう目を持って、判断力をもっていかなければいけないんだ、という事です。そのために叡智が必要ですので、再度、御教え拝読に懸命に取り組んで頂きたいと思います。

今回の御教えに出ていますが、次の箇所です。

『処が神は其(その)順序として物質面を先にされたのである。といふのは精神面の方は時を要せず、一挙に引上げられるからで、それに反し物質面の方はそう容易ではない。非常に歳月を要すると共に、其(その)為には何よりも神の実在を無視させる事である。』

という事は、ああいう大変な惨状に出会うと、「人間が自然を支配するという事はとんでもないことなんだ」と「自然と共に生きなければいけない」と一瞬にして精神が高まる訳です。

淡路・阪神大震災の直後メシヤ様に御縁を頂かれた人も、「もう15年以上経ちますので心はいつも感謝をしているのだけども、その時の気持ちが薄れてきてしまっている、しかし、こういう大震災が起きると初心を取り戻します。」と、そういう話がありました。

いずれ「松原勉強会」や「メシヤ様の御精神を現代に求める座談会」に書き込みをしていただけると思います。

◎感謝を生涯忘れず持ち続けること

(先生)
こういう精神の動きを見ていますと、人類の中で各宗教の教祖になる人の特性という事を見ておかなければいけません。主宰神というのは、ある日突然教祖になる人に力を授ける訳ですけども、その前提として教祖にいろんな苦労をさせます。

メシヤ様の場合は家庭的なこと(前の奥様とお子様を亡くされる)と、それから事業家としても成功はしますが、新聞事業を志され大借金をされます。また御自身は天才的な頭脳の持ち主であられましたが、体が非常に弱くて婦人病以外の殆どの病気を患っています。

病気をした時にいろんな人から慰められました。それから“何で病気になるんだ”ということをとことん考えて行った時に、『浄化作用の原理』とか『薬毒』ということに気づいていく訳です。そして、こういう病気の時にはこういう慰められ方をされると、「よしもっと」という気持ちになったとか、借金を抱えた時にどのような言葉をかけられたら、「よしなんとか返してもう一度皆を養っていこう」と思えるか、とか、そういう人の言葉というのをいくつもかけられた訳です。

このような言葉が心に響いた、というのを自分の中に持ちます。そして、その持ったことを生涯忘れない人しか教祖にはなれない訳です。ずっと前の、あの時かけられた言葉を、今でも沸々と心に持っている人しか教祖になれない訳です。

ですからユダヤ教がなぜ今日まで6千年間ずーっと続いているかと言うと、何千年前のことを昨日のことのように、親が子に話して聞かせるのです。神様の奇蹟とか人間が神様に頂いた恩恵ということを、昨日のことのように語り続けているのです。これが信仰を永続的に続けてきたことである訳です。

ですから、我々が一歩でもメシヤ様に近づこうとした時に、まず、“感謝”とか“尊いことだ”と思ったことを絶対忘れない人間になっていこう、と心掛けることが肝腎です。そういう人間になってこそ天国建設の側に立って、地上天国に住する人間になれるのだ、という事を一つ整理をしておいて頂きたいと思います。被災地以外の人はそのように思って頂きたいのです。

被災地の人達は総て無くしてしまいましたのでね。言い方は悪いですけども精神的に浄まった状態にあります。しかし、離れた人達というのは何か手助けしたいけども、しかし、自分も生活があるので、様々なことを考えてしまいます。被災地の方々は命は助かった訳ですから一歩一歩生きて行くと言う事を考えます。いろんなことを整理する訳です。

◎備えを怠るな

(先生)
この地方の人達は東海沖、東南海沖、南海沖地震が起きた時にどのような対応をすべきかという事を考えておかなければいけません。支援をしつつ我々の家庭はどうか、この地域はどこへ逃げたら良いのか、という事を具体的に皆で話し合いをしておかなければいけません。

自分の所だけでなく、周辺の人達に1週間分位は食料を提供できるような、そんな備えをしておかねばいけません。水と食料の備蓄ですね。東海沖は特に備えが必要です。ひょっとしたら1年以内に起きる可能性もありますのでね。まあこれが5年、10年先になれば我々にとっては有り難いことですけれど。ですがプレートが連動して動く可能性がありますので、すぐ来ても大丈夫なように備えを怠らないようにしてください。

人間が備えをすれば自然界も変わるかもしれないのでね。

◎生温(なまぬる)い民主々義から脱却しよう

(先生)
メシヤ講座の中から確認したいことがあれば質問して下さい。

2ページめに『併(しか)し外国と異って日本は今の処生温(なまぬる)い民主々義で、まだまだ色々な面に封建の滓(かす)が残ってゐると見るのは私ばかりではあるまい。』とあります。

メシヤ様も民主主義がまだまだ『封建の滓(かす)が残っている』と御認識されていたということですね。ですからメシヤ様の本来の御心としては、メシヤ様の弟子が本来の民主主義にして行かないといけないのです。それが教団自体が民主主義から乖離(かいり)してしまったという訳なのでね。

○○教団は・・民主主義ではないね。○○さんどうですか。

(参加者)
良くわかりません。

◎布教師は下位上達で御教えに沿った指導を行うべき

(先生)
要するに、下の人達の意見が上の人達に通っていくのかどうかということです。メシヤ様の御教えを教団運営をしている人達がさっぱりわかっていない、という事なのです。それが実態だという事を、こういう御教えを拝読しながら見抜いていかないと、地上天国を建設していくことはできないのです。

こういうことを拝読しながら、自分に確認していって頂きたいと思います。下位上達でなければいけないという事と、御教えに沿った御取次ができていかなければいけません。そうすると、この御教えと照らして行くとやはり『生温い民主主義』なのですね、「信者の為」とか言いますけども。実態はそういうものではない、という事を、この「文明の創造」を拝読しながら気付かされる訳です。

◎「神」を180度ネジ曲げたとは「薬と浄霊の併用」のこと

(質問者)
「私は数々の知らせを聞いて、こみ上げる悲しみと同時に、かねて、世界救世(きゅうせい)教、特に先般、東方之光教団が和合決裂に際し、“今さら方向転換はしない、一層力強くして突き進むだけだ”と決定した時、大変な悲しさと危機を感じました。

「神」を180度ネジ曲げたまま良かれと進んだ末路として、最悪、今回のようなこうした大悲劇が起こる事は予見できておりましたゆえ、親しい方々には伝えておりましたが、一方、インターネットという広範な手段で、“大急ぎで東方之光教団の大錯覚を伝えなければならない”と“時期”を感じ、問題提起し続けたのです。」

と先生は仰っていますね。

(先生)
私じゃないです。枚方支部責任者の座談会への投稿の引用です。

(質問者)
ああそうなんですか。この「神」を180度ネジ曲げるとはどういう意味なのでしょうか。

◎腎臓の働きと血圧の薬について

(先生)
それはね「薬と浄霊の併用」のことを言っているのですよ。

例えば、血圧が上がるというのは・・・。血液を腎臓が濾過してきれいにしていますが、濾過装置というのは一回壊れると再生能力がないのです。すると濾過する機能が弱まって、血液の清浄化が弱まり尿も出なくなってしまいます。だから血圧を上げる酵素が腎臓から出てきます。それで心臓がそれに反応して血圧を上げて血液を勢い良く送りこんで濾過してゆくんだ、と、そういう事なのです。

で、血圧を下げようとすると、このことから考えると、血液が汚れたままになってしまうことになります。だから医師の説明を受けて、薬理学の薬の使い方の説明を良くわかった上で、「血圧が高い時には腎臓を良く浄霊しないといけないのだな。」というふうに気付いて行かないといけないのを、血圧の薬を飲ませつつ浄霊をしてしまうのです。腎臓を良くするという事を考えないで、血圧を下げようとするから問題なのです。これが「180度ねじ曲げて意味がわかっていない」ところがある、という訳なのです。

それと、今度血圧が高いと脳梗塞をおこす危険性があると言うでしょう。そうした時には血管を膨らませる薬を使用します。

また、血圧を下げられると、どういう事になってくるかというと、その分濾過能力が弱まってくるので我々が寝ている間も腎臓は働き続けないといけません。腎臓が働き続けて血液をきれいにしないといけません。だから血圧の薬を飲むと腎臓に余計に負担がかかってしまうのです。腎臓がくたくたになって余計に悪くなってしまうのです。

ですので、薬理学がわからないと人間の仕組みという事が理解できないところがある訳ですね。

それともう一つは血液の濾過が出来ないと血液の塩分その他の濃度が濃くなっていきます。それで血液の濃度が濃くなっていくと、体に支障が起きるので、水分を入れて行くようになります。尿として排泄する中から水分をまた血液に送り込むのです。

そうすると、次第に血管がパンパンになってしまう。この時、血管を膨らませる薬は使えません。

で、大動脈から流れて来た血液が腎臓を通って、そしてまた、血管へ流れてくる。それでその時に老廃物だけを尿として出そうとするのですけども、その時に水分を取り込む。だから尿が少なくなって、尿の水分を血管の中に再度取り込んで行きます。その取り込むところにブロックを入れる薬になるのです。これが利尿剤の正体です。

夜も腎臓が働いているときに、水分を取り込むという作用を止める薬になる訳です。ですので、今度は腎臓に直接働きかけて腎臓が負担を受けている上に、更に負担をかけられて余計腎臓を悪くしてしまうのです。そして、腎臓が働かなくなってしまうという事になります。

血圧の薬と言うのは2種類あって腎臓に直接働きかける薬を飲んでしまうと大変なことになってしまいます。

ですから、薬理学をやっている人はそこまで人間の仕組みがわかっている訳なので、わかった上で薬を入れるのでなくて、一層腎臓を浄霊しようということになって行かなければいけません。そのような方向性に導いてあげるべきなのです。

本来、東方之光教団はそういうふうになって行かないといけないのです。それが医師に言われるまま薬をのみつつ、魂を浄める浄霊をしましょう、とこういうへんてこりんな指導をしてしまうというのが、一番の問題点な訳です。ここにはそういう事が書いてないから、初めて読む人にはわかりにくいと思いますね。

◎薬理学を浄霊に生かして地上天国実現へ

(先生)
メシヤ様は「薬毒論」を説いていますが、「薬理学」を不必要であるとしている訳ではないのです。主神様は総ての存在を許して、また、あらゆる人を造って、皆を動かしている訳なのです。メシヤ様がお示しになられたことは、総ての人間が役割を担っている中で天国を建設していく部分をメシヤ様は抽出して我々に御教え下さっている訳です。我々はそれをもとにして拝読して力をつけて行かなければいけません。そこがわからないと、メシヤ様の教えを実践している教団になって行かないのです。

(質問者)
もう一度教えていただけますか

(先生)
血圧の所はわかったでしょう。血圧は二つの働きをさせるんだと。血液が汚れて来たのを腎臓で濾過させるけども、腎臓の濾過装置が歳と共に段々壊れてきます。復元しないので濾過能力が弱まってきます。そうすると普通の血圧では奇麗に出来ないので、腎臓から酵素を出して“血圧を上げてくれ”ということを心臓に伝えて、そして、心臓が血圧を上げる訳です。その時の酵素をブロックする薬を最初に使う訳です。これが初期の降下剤です。

で次の降下剤というのは、これを重ねて行くと夜もいつも濾過しないといけなくなります。それで濾過すると余りにも疲れるので血液の中の塩分なりなんなりの濃度が濃くなってくる。この濃度が濃いので、これを薄める為に腎臓が尿に出る時の水分をとりこんで血管に入れて行きます。これはまた血管を膨らませるから、これは危ない、という事で、この水分を取り込むことをやめさせる、という事で水分を取り込むところをブロックする、そういう薬を入れて行くのです。こうしたことで高血圧に対処しよう、と薬理学では考えているのです。

という事は腎臓に対して物凄く負担をかけているのです。濾過装置が壊れている上にさらに水分を取り込むことをブロックしてしまうのですから。益々腎臓の働きは弱まって行くのです。そして、腎臓の機能が働かなってしまう、ということの繰り返しを人間はやってしまうのです。

◎血圧があがったら徹底的に腎臓を浄霊する

(先生)
そういうことを知ったからには、血圧があがったら徹底的に腎臓を浄霊しないといけないのです。そういう指導を本来しないといけないのですけども、東方之光教団は薬を併用しつつ、浄霊は魂を救うのだ、という指導をしているのです。ですから人間が本来の健康になって行かないのです。そういう矛盾を抱えて、ずーっとこの十何年間やってきているのです。それに対して、主之光教団はそれを是正するという事を働きかけていません。ということは、メシヤ様の御教えに基づいて地上天国を建設するという意思がないということになってしまいます。
その意思があれば教団に対して言い続けて行かなければいけません。

◎それぞれの役割の中で地上天国建設活動を行おう

(先生)
ですからメシヤ様は『薬毒論』を説いていますが、人々の努力を否定している訳ではありませんので、薬理学をやってくれたお蔭で腎臓の仕組みとかがより詳しくわかってきたのですから、薬理学の研究が進めば進むほど浄霊の大切さがわかってくる訳です。これを対立させてしまうとわからなくなってしまうのです。

だからこそ、総ては主神様がおつくりになられたのだと言う事を理解しなければいけないのです。それぞれ役割があってきたのですから、その役割の中から地上天国に必要なものだけを抽出して天国建設活動をしてゆけばよいのです。そして、それを我々は、現在『文明の創造』を通して理解していこうとしているのだ、という考え方を持って置いて頂きければ素晴らしいと思います。

ですから、それぞれの専門分野の最先端を学んでいけば人体の仕組みがわかってきます。そうすると薬を使ってはいけないのだ、という事がわかってくるのです。それが世の中の最先端の流れなのです。

という事を教団の指導者はわかって行かなければいけないところを、「病気の方は薬に任せて魂を浄霊で浄める」という、メシヤ様と全く異なった考えに走ってしまっているのです。

それが「神を180度ネジ曲げている」という事なのです。 そういう事がわかった我々から世の中の人に伝えて行かなければいけません。

若い人がわかって行けば、世の中ぐーっと変わって行きますよ。今回『文明の創造』の校正作業をされてわかったと思いますが、腎臓の仕組みを詳しくお説きになっておられるでしょう。60年前にね、こんな素晴らしことを説かれている教祖は他にはいないのですよ。医師でもいませんよ。

ですから、メシヤ様が60年前に説かれたことを現在の薬理学や病理学がやっと実証してくれている時代なんだ、というふうに捉えて行くと良いと思います。

ぜひみなさんの周囲の人達にメシヤ様のお考えを伝えて行ってください。

◎家庭に天国を築きつつ人を救うという事に繋げよう

(質問者)
親が熱心に信仰をしていても子供が全く信仰に理解がなくなってしまう、という事を良く聞きます。これはどういう事でしょうか。(詳細の内容は割愛しました)

(先生)
メシヤ様のお示しになられた信仰と違う信仰をしてきたということでしょうね。 家庭を放り出して、いくら信仰熱心でも、家庭天国になっていかないでしょう。しかし、家庭を天国にすれば、皆が尋ねてきて、そして、家で浄霊してあげればよい訳ですから。

子供の方が理解が早いのでね。親が御教えに適っていないことをすると、「それは信仰ではない」と子供が先に理解してしまうのです。子供の理解力は大人が考えているのと全然スピードが違いますからね。

親が御教えに適っていないことをしていると、子供は信仰から離れて行きます。ですから、指導者が御教えを充分わかっていて、「あなたそこまで布教していて家は大丈夫か」というふうに言ってやらないといけません。家でどのような姿勢で御主人に接しているのか、とか、子供に対してどのような言葉をかけてやっているのか、というふうにね。家庭に天国を築きつつ人を救う、という事に繋がっていかないといけません。

◎御奉仕に就いて

(先生)
それが今の布教所の一番の問題で、家の問題を放っておいて布教所へ奉仕に行くという事に繋がります。この奉仕は、一体何か、と言うと、奉仕は練習な訳ですから、練習をしたら家でそれを実践しないといけません。それが家を放っておいて布教所で奉仕しているということではね・・・。布教所長も人出が足りないから当番に入れて行ってしまいます。家庭を見てどのように奉仕に関わっていくか、という事まで考えないで奉仕を組んで行って当番制みたいなのをつくって行くから、家庭が天国になって行かないのです。この程度の信仰組織を過去作ってきてしまった、というのが今の現状で、若い人が信仰から離れて行っているのです。

現状の世界救世(きゅうせい)教ではそういうことに気づいていないのでね。私も外へ出ざるを得なかったのです。トップが御教えの解釈を間違っていたら強権体質の強いところではどうにもならなくなってしまうのです。そこで改革を言うと反逆者みたいなことになってしまうのです。

私は布教所を否定している訳ではなくてね。あくまで指導者、指導者がなっていないと言うのです。指導者がきちんとした指導をしないと、そのなかに巻き込まれた信者さん方がお気の毒ですからね。

少しね、奉仕の練習をさせてあげて生活の姿勢を改めさせてあげれば、みんな幸せになっていくのですから。布教所なんてね、所長と奥さんが守っていれば良いのですから。当番なんてつくる必要はないのですから。皆には、もっと家庭で一生懸命やってくれないとね。それを当番をしないといけないように追い込んではいけないね。

だから、感謝祭はみんなが感謝をするという想いがあるから、非常に気持ちが良い訳です。 当番で来ている訳ではないから、日直で来ると当番で来ているからね、義務化したものがあるから、感謝の気持ちで来なくなります。ですから教団が良い状態になって行かないのです。

メシヤ教の場合はね、各中心になっている方のご家庭を使わせて頂いて、その責任者のご家庭が受け入れてくれるのでね、大変有り難いことです。ここで当番制とか組んだら・・・(笑い) その瞬間から信仰がなくなって行ってしまいます。そんなもんじゃないでしょう、信仰はね。

メシヤ様は支部へは月に何回か来ればよいのだとね。家庭で実践していかなければ駄目だ、と仰っておられるくらいですから。実践の一番最初は家庭だから。家庭で御教えに適った生活をしていかねばいけません。家族を放たらかさないでね。

だから家庭で言葉を練ることを、絶えず絶えず心がけて行かなければいけません。それが実践の場だから、メシヤ様の仰ることのね。布教施設に行ったときだけが信仰の場であってはいけません。メシヤ様のお考えと全く逆になってしまいます。(笑い)

布教施設で暴言を吐いてもね、指導者の指導を受けてね、そして、家庭で改めて行く。それが布教施設では紳士淑女でね家庭では暴君恐妻ではね、全く逆ですね。(笑い)

家庭で太陽のように、天使のように、そういう奥様にならないとね・・・。(笑い)

NHKで、「おひさま」というドラマが始まったでしょう。あの中には参考となる言葉がたくさん出てきます。お母さんが、もう今日明日の命だと言う時にね、長男に「あなたはまじめ一方だか ら、もうちょっと弱音をはいて良いのよ・・・」と。次男坊には、長男が余りにも優秀だから「あなたはこういう良いところがあるからそれを大切にして行きなさい・・・」とね。長女には「太陽のように育っていくのだよ・・・」というふうに言って死んでいくのです。

そういうふうにね、子の性格と、その子の特性に基づいて母親が一言二言ずーっと言ってあげるということが、家庭にとって大事だと言う事を、その言葉を元に子供たちが成長していく過程を、ドラマは仕立てて行くから。そういうものを見ながらね「ああ親は子供にこういう言葉をかけてやらないといけないな」とかいう事が、ああいうドラマを見ているとだんだんわかってきます。

(先生)
さあ、時間が来ましたので一旦終わらせて頂きます。

(参加者)
ありがとうございました。

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薬理学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 最終更新 2011年1月7日 (金) 06:13

薬理学(やくりがく、英: Pharmacology)は生体内外の物質と生体の相互作用を、種々の研究方法により個体、臓器、組織、細胞、分子のレベルを貫いて総合的に研究し、さらに創薬・育薬などの薬物の疾病治療への応用を視野に入れ、薬物治療の基盤を確立する科学であると定義される。薬物と生体の相互作用の結果生じた現象の解析には解剖学、生理学、生化学、分子生物学、遺伝学などの基礎医学の知識が要求される。解析に用いる手法や対象により薬理学は様々な分野に細分化される。

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