メシヤ講座三重

トップページへ

















質疑応答形式で作成を始めた19年11月度からの「メシヤ講座・三重」を掲載していきます。
個人のプライバシーに関する記述および個人を特定できてしまう記述は編者の独断で省略しておりますので文章につながりがないことがございます。
また、筆記で作成していますので表現上書きとれなかった箇所もございます。 
ご賢察の程お願い申し上げます。
カウンター.com
出会い
アクセスカウンター
出会い
出会いカフェ

出会い
アクセスカウンター
出会い
出会いカフェ

出会い
アクセスカウンター
出会い
出会いカフェ

平成23年3月分


メシヤ講座特選集No.121 
<御教え>
『文明の創造』総篇  既成文化の謬点(びゅうてん)(文創  昭和二十七年)を拝読

〇私達の信仰の概念がメシヤ様の御神意に沿っていること

(質問者)
今回もまた空前絶後が出てまいりましたね。今回は福音ですね。

(先生)
そう。今回は福音だからね。

(質問者)
今回の特選集の末尾に、

「こうした基礎を前提として持った上で『文明の創造』を拝読すると、より理解が深まると思われます。今回掲載の『既成文化の謬点(びゅうてん)』を拝読した時に、私達の培った信仰の概念がメシヤ様の御神意に沿っていることを確認できる箇所があります。3月の「メシヤ講座」では、その点をより深めて学び合いたいと考えています。」

とありました。

(先生)
箇所を見つけましたか。

(責任者)
この『文明の創造』の『既成文化の謬点(びゅうてん)』の御論文については朝拝、夕拝のあとで何度も朗読して頂きました。 また、大石凝眞素美(おおいしごりますみ)翁は「天地投ム(てんちはぬき)之極典」の(120・平成23年1月分)での引用文もスラスラ読めるまで朗読して頂きました。

意味がわかるようになったかどうかは別ですが(笑い)

(先生)
あそうかね。それじゃ相当読み込んでいるわけだね。

(質問者)
「宗教」「科学」「宗教と科学との一致」ということについて今まで学びを深めてまいりましたので「私達の培った信仰の概念がメシヤ様の御神意に沿っている」とはこのことを指すのではないかと思います。科学の根本をも明示しているということですので。

(先生)
そのことだから、この御教えに書いてある箇所を読んでみて下さい。

〇文明の創造の目的とは

(質問者)
御教え拝読

『之に就(つい)て重要な事は、今日迄の学者の頭脳である。それは彼等は宗教と科学とを別々のものとして扱って来た事で、此(この)考へ方こそ大きな誤りであったので、それを根本から解明するのが此(この)著の目的である。』

(先生)
『此(この)著の目的』はこれだからね。だから科学者は、宗教と科学は別々のものとして考えて扱ってきました。で、宗教家も宗教と科学を別々に扱っていますから科学を勉強していません。ここが世界救世(きゅうせい)教が誤ってきた最大の原因なのです。科学を勉強していないからね。そして東方之光たるや今や科学の言いなりのようになってしまっています。それはメシヤ様の考え方とは全く違ってしまっているのです。

ですから、メシヤ様が『此(この)著の目的は』と仰られた箇所を繰り返し繰り返し拝読して腹に入れて頂きたいと思います。

というのが今月の課題であります。

(質問者)
最後の箇所で宿題を提示されたのかなあと思って読みました。

(先生)
でも宿題のところに行きついているからね。さすがに良く読んでいると思います。(笑い)

〇〇さんと〇〇さん先月は参加していないからね。先月から一気に難しい文言が出てきて驚いたでしょう。でも難しいと思うと難しいけど自分の魂に語りかけて行くと、沸々と気付きが起き理解できるから。

〇空前絶後に対応しよう

(参加者)
うーん。難しい・・

(責任者)
難しいで終わってしまう・・・と、特選集にありましたように、空前絶後に対応できませんよ。(笑い)

メシヤ講座特選集(121・平成23年2月分)より引用

【ところが、ともすると、私達には、今まで目にしたことのないような文章を読んだ際に、自らの好みに合った内容の場合は素直に「興味深い話ですね」と言うのですが、そうでない場合は「難しいですね」と言って、思考を停止させる癖があります。しかし、そうした癖に引きずられていては、三重支部で質問が出た『空前絶後の大事変』に対応できません。】

(質問者)
いやあ質問を予測して先生は書かれていますね。(笑い)

〇主神様の御存在について

(先生)
大体宇宙の半径とかいうのは小学5年生が解いてくれるからね。少し思いだして頂くと小学5年生の学力で大丈夫なのですよ。

(質問者)
宇宙は主神様の御肉体であるとそういう認識で主神様を想いますと宇宙の形成のそのまた奥にあるのが真意だと???だから御経綸を自分なりの理解で考えては駄目だなと思います。

(先生)
だから「それは絶対駄目だな」と考えても駄目なのです。それは御経綸の一部分なのです。

御経綸自体は科学者の話ですと120億から170億の年数があるわけですね。その年数が御経綸の全貌であるから・・。しかし我々が、日常で起きてくることのこれが御経綸だと感じることは、その中のほんの一部分を感じて行くということです。

こういう姿勢を持っておかないと何事にも偏ってしまいます。「そんなの御経綸と言えないわよ」と言ってしまうとそうすると日常生活の中で御経綸を感じられなくなってしまいますからね。

だから両面があるのだという事です。我々が生まれてきます。そうして子を成します。そしてさらに孫を成します。この経過も主神様の全体の一部分なのです。だから主神様の分身魂(わけみたま)を我々は頂いているのです。それが我々の本守護神ということになってくるわけです。

〇智慧証覚得るには御教え拝読は欠かせない

(質問者)
そうしますとその御経綸ということを自分なりに理解しようとすれば、普通の考え方ではなくて全く違うところからの考え方が無ければいけませんね。

(先生)
ですので、全く違うところからの考え方が必要というよりも、智慧証覚(ちえしょうかく)がないといけないということですね。それでこの智慧証覚(ちえしょうかく)を得るためには御教え拝読が欠かせないわけですね。ですから日々御教え拝読をしながら物事を見て行くと大体当たってくると思います。これが智慧証覚(ちえしょうかく)、叡智が閃(ひらめ)いていく生活になってくるのだと思います。そういうふうに捉えて行って頂ければいいんじゃないかなと思います。

(先生)
今度、主神様についてメシヤ様はどう仰っておられるのかといいますと『この主神に対しては、これを表現し奉る言辞もなく文字もなくただ無限絶対の力徳の中心であり、一切の根元であるというよりほかない。「宗教と科学」無限 創刊号 昭和24年1月1日』

と仰っておられますので要するにこうして話している間にも拡がっているわけなのです。主神様という御存在というのは、我々がイメージとして?んだと思ったらもう?んだ瞬間から違う御存在になっている。というぐらい大きな御存在なので、その御存在に向かってお祈りをする時に「?之大御神守り給へ幸給へ」と唱えることによって主神様を限定してしまいますが、“表現し奉ることもできないそういう尊い御神名をただいまから唱えさせて頂きます”という気持ちで先達者は「?之大御神守り給へ幸給へ」というふうに日々祝詞を奏上して頂きたいのです。

ですから、「?之大御神守り給へ幸給へ」という前に、本当は“表現し奉る言葉もないのですけども尊い御神名なので唱えさせて頂きます”という気持ちで、「?之大御神守り給へ幸給へ」と唱えると、少しでも主神様に真向かう姿勢ができて唱えられていきますからね。

これが朝拝、夕拝において一層想念を確立する上で持っておいて頂きたいと思うことです。

そして後ろで参拝している人達も先達に続いて「?之大御神守り給へ幸給へ」と同じような想念で唱えるということが大事なことであると思います。

〇惟神霊幸倍坐せ(かむながらたまちはへませ)とは

ですから、少し惟神霊幸倍坐せ(かむながらたまちはへませ)も節回しが違うでしょう。今までとね。

二つの言葉がくっついて惟神霊幸倍坐せになるのです。所謂(いわゆる)これはね、信者としては決意を述べる言葉なのです。ですから「?之大御神守り給へ幸給へ」というのは“尊い御神名を唱えさせて頂きます”という姿勢で唱えるのですけども今度、惟神霊幸倍坐せ(かむながらたまちはへませ)と唱える時には、“私は神様の御心のまにまに進ませて頂きます”という決意を以って「惟神(かむながら)」というふうに言わないといけません。

そして、霊幸倍坐せ(たまちはへませ)、“魂を大きくして頂いて幸せにして頂きますように”というのが霊幸倍坐せ(たまちはへませ)だからね。この想念を凝縮して惟神霊幸倍坐せ(かむながらたまちはへませ)という言葉になっているから、「かむながら/たまちはへませ」と区切ってしまうとおかしいですが、その位の気持ちで唱えるとどんどん御心に我々の姿勢が近づいていくと思いますので、意識してお参りして頂けると良いと思います。

〇天津祝詞について

(質問者)
天津祝詞も一つ一つの言葉に言霊(ことたま)を宣(の)るわけですから、一つひとつの言葉を意識して唱えないといけないと思います。そういったことを考えると、今朝ほど月次祭の始まる前にお話がありましたが、祝詞のスピートが早い、というのは逆行しているのでは ないかと思ってしまいます。

(先生)
そうですね。そういうふうに言霊(ことたま)の勉強をすればより祝詞が丁寧になってきます、というか、心を込めて祝詞を奏上できるようになってきますね。そうすると信仰というのは非常に高まって深まりを見てきます。

(質問者)
そうすると天津祝詞を唱えないある教団というのはもってのほかということになりますね。

(先生)
そうです。もってのほかです。御教えにちゃんとあるのですから、天津祝詞は大和民族の宗家に当たる神様がおつくりになられたと、メシヤ様は仰っておられるのですから。それにもかかわらず奏上しなくなったというのは我々は大和民族じゃないんだと主張しているようなものです。だから薬を採用したのだとね。

(質問者)
えー。天津祝詞を奏上していないのですか。

(先生)
そう。御神床を二位一体(にみいったい)の形式にした時からね、天津祝詞を奏上していないそうです。

(質問者)
それじゃその教団は参拝の時はどのようにしているのですか。

(先生)
朝夕とも善言讃詞だそうです。

(質問者)
なぜ天津祝詞を奏上しなくなったのですか。

(先生)
メシヤ様がおつくりになられた祝詞でないからという理由だそうです。天津祝詞は昔からあるわけですからね。ですからメシヤ様は大和民族の宗家にあたる神様がおつくりになられたのだと仰っておられるのです。今の世界ではメシヤ様がおつくりになられたものでないから奏上しないという理屈だそうです。

(質問者)
それでもメシヤ様は朝は天津祝詞を奏上すると仰っておられますね。

(先生)
そう仰っておられるのです。

〇呼吸運動による動体中の不動体について

(質問者)

『即ち火は経(たて)に燃え、水は緯(よこ)に流れ地は不動体となってゐるが、 之は絶対ではなく、呼吸運動による動体中の不動体である。そうして経(たて) と緯い(よこ)とは超微粒子の綾状的気流となって、地球を中心として貫流し、運 動してゐるのである。』

の箇所の『呼吸運動による動体中の不動体』というところが意味がわかりにくいのですが。

(先生)
これはね、地球上の偏西風の向きを見れば良くわかると思います。偏西風は吹いているけども蛇行しているでしょう。あれは何故だとおもいますか。真っ直ぐ吹けば良いと思いませんか。

(質問者)
気圧の関係ですか。

(先生)
そうそう。気圧です。だからそのことの原理をここで説明して下さっているのですよ。呼吸運動ということは高気圧と低気圧で呼吸しているでしょう。そうするとその呼吸によって気流自体は蛇行していきます。動体中の不動体というのは譬えとして仰っておられるのです。そういう仕組みが地球の中には含まれているのです。

(質問者)
だから地球上のいろんな現象をこういう表現で・・・

(先生)
だから動体中の不動体だから地球自体は不動体でしょう。だけどこの地球の中は全部動いているでしょう。

(質問者)
地球自体も動いてますものね。

(先生)
それでなぜ低気圧高気圧が生まれるかというと表面は東に向かって回るでしょう。中はまた回転しています。マントルです。マントルが回転しているので今度は低気圧高気圧が生まれてきます。その影響によって偏西風が生まれてきます。
だから動体中の不動体・・不動体は地球だけども全部動いているから。これはね。科学論なんです。

(質問者)
そうですね。

(先生)
ですからやっと現代気象庁が気づいて説明をし始めたのです。

(質問者)
なので空前絶後なのですか。

〇御教えは物凄く科学的である

(先生)
そう。進み過ぎているから皆が理解できなかったのです。このことについてね。しかし、今は気象学で実験してくれているから。表面を回して中を違う回転にすると回りの空気の流れが綾状に動くということをね。そして気象庁が皆に説明しているからね。

だからメシヤ様の御教えというのは物凄く科学的な説明なわけです。ですがこの時代では誰も理解できなかったのです。科学が進んでいないから。科学者たちの中ではわかっていた人もいたかも知れませんが、今のようにインターネットが発達 してちょっと調べれば誰でもわかるというようになっていませんからね。発信力も弱かったのでね。メシヤ様の御教えというのはとてつもなく進んでいたわけです。

しかもそれが止まらないから凄いね。この地球の回転も止まらないでしょう。これは空気が無いから地球の周りに真空状態だから慣性が止まらないのでしょう。じゃあ今度は落ちて行くのではと思いますがそれは引力があるから落ちないのですね。そしてその引力の配置も絶妙なわけです。きちんとしていないとどっちかへ寄って行ってしまうからね。太陽系を銀河系の中を回しながら落ちないようにしているのです。回転をつけないと落ちてしまうから。銀河同士もまた引力によって距離を保っています。

夫婦は想いによって繋がれていますしね・・(笑い)

この御教えは拝読すればするほど高度な科学的解説だと思いますね。まあそれを『神科学』というふうに仰ったくらいですから相当進んでいたという事ですね。ですから今やっと現実の科学が御教えに追いついてきたわけです。今こそ世界救世(メシヤ)教として、しっかりとして、科学がメシヤ様の御教えに近づいてきたという論立てをして世の中に出して行かないといけません。それが世の中の言いなりになっていると堕落していってしまいます。

〇現界の指導者は絶えず進歩向上していくべき

(質問者)
それは霊界の事象が現界に移写されてきてということですか。

(先生)
そういうことじゃなくて人間ね。『新心たれ』の御教えがあるでしょう。私といえども去年より今年、今月より来月というように、絶えず進歩向上を心がけているとね。これが皆がそのような気持ちになると大きく回転していくのです。

ですから霊界の事象が現界に移写されるということではあるのですけども、その任を担っているのは現界人ですからね。現界の指導者が絶えず進歩向上していかないと地上天国建設というのは進展していかないのです。

えらく難しい話になりましたね。

【御教え】

『栄光七十三号、昭和ニ十五年十月十一日 新人たれ
人は常に進歩向上を心掛けねばならない。特に信仰者にして然(しか)りである。(中略)此意味に於て、私と雖(いえど)も去年より今年、今月より来月というように、飽(あ)く迄(まで)進歩向上心の弛(ゆる)まないよう努めている。』

***暫くipadの話題で盛り上がりました。***

〇感性豊かな日本人に生まれて来たことに感謝

(質問者)
動物の鳴き声の話が先月ありましたが・・外国人と日本人では聞こえ方が違うということをテレビでもやっていました。

(先生)
日本人は75声を発声できます。ですからそういう感性豊かな日本人に生まれて来たことに感謝していかないといけませんね。

(質問者)
言霊(ことたま)の大家である出口王仁三郎師はなぜエスペラント語を推進しようとされたのでしょうか。

(先生)
それは私もわかりませんね。かつて学院で少しエスペラント語を学びましたが、どうしてかはさっぱりわかりません。二代様も推進なされましたからね。

(質問者)
どこの国の言葉ですか。

(先生)
万国共通語というのをつくったのです。

(質問者)
今の英語みたいな。

(先生)
今は英語がそのような役割になっているけどね。

〇口から真珠が三つは369の型?

(先生)
話は変わりますが、先月私の口から真珠が三つ出たでしょう。あれはえらく皆が感心してね。三つ重なると書く三重で真珠が三つ出たから。三重の3に3が重な
ると6でしょう。そこへ真珠の3つが重なって9になる。369だとね。しかも本真珠だからね。369の型がでたと・・

(註)先月直会のときに真珠貝(あこや貝)の貝柱を頂きました。その時に先生の口から仁丹くらいの本当に小さな本真珠がでてきたのです。もう小さい頃から真珠貝の貝柱は食べていますが初めての光景でした。(支部責任者)

(質問者)
そうですね。どれを食べるかはわからない状況でしたからね。やはり先生の口から出るべき型だったと・・・

(先生)
枚方支部で気づいてえらく感心したのです。三重で3つの真珠が出たと。

(質問者)
三重支部にいると三重でということになかなか気づきませんね。

(先生)
貝が勝手に呑み込んでつくった真珠だからこれこそ本真珠ですからね。

(質問者)
今まで何年も食べてきて一回も出なかった。しかし言霊(ことたま)の勉強を始めて起こったことと言えますね。

(先生)
そうそう。

(質問者)
文化の切り替えというのは3で変わっていくと・・。

(先生)
三位一体という考え方もあるし、369世界になって行くのだと。まあ不思議なことでしたね。

(先生)
今月から出雲市にまたメシヤ講座の会場が出来そうです。出雲の国でメシヤ様のお話をすることになりますね。

(質問者)
日本のピラミッドということで、ある本の記述では出雲と青森の恐山が結ばれていました。霊的な重要なラインだと思います。富士山と大分の久住山も結ばれていました。

(質問者)
久住って?

(先生)
大分のね。九重(ここのえ)でもあります。そしてここは三重(みえ)だからね。

(質問者)
はっ!。六つ重なるところがどこかにあるかもしれませんね。

(質問者)
九州と三重の間ってこと?

(参加者)
そうそうそう。

(先生)
ここと結ぶと四国あたりかな。

=================
◆三重(3)と九重(9)の間には六重(6)の地があった。

後日ネットで調べました。

ネットで調べましたら一か所だけ検索できました。なんと、出雲にありました。メシヤ講座で出雲に会場が出来そうだとの話題が あってその近くに六重がある。なんとも深い因縁があるとしか思えません。

島根県雲南市三刀屋町六重

都道府県 島根県 しまねけん
市区町村郡 雲南市 うんなんし 地名 三刀屋町六重 みとやちょうむえ

北緯35度12分53秒 東経132度53分14秒(日本測地系)

三五(あなない)と五三(いづのめ)が緯度に表われています。地名の三刀屋町六重には(3と6)が入っています。

==================

(先生)
ホツマツタエの文字の意味の説明わかりましたか。先月来てなかった人はわからなかったかもしれないので再度説明します。



【復習】

それでは時間になりましたので一旦終わらせて頂きます。

(参加者)
ありがとうございました。

==================

『御教え 御垂示録九号、昭和ニ七年五月一五日

−−千手観音様のお参りは、朝は天津祝詞、夜は善言讃詞でよろしいのでございましょうか

良いですよ。』

『御教え 御光話録 昭和二三年二月一八日(水)

これからは朝の礼拝は天津祝詞、夕方は善言讃詞を上げる。神は昼、仏は夜だから。昔から天子様のおられる所を朝廷という。これは政治のための会議を朝やったからです。いまの政治は朝廷ではなく晩廷ですね。』

『御教え 御光話録一五号、昭和二四年一二月ニ〇日

―天津祝詞はいつごろ、だれによって作られたものでしょうか。また、言霊学上どんな意味がありましょうか。

これはね、作られたのは神武天皇以前でとても古いんですよ。これは日本が素盞嗚尊に征服されたころ作られたんです。そして天津祝詞は天津神が作られたんで、ま、大和民族の系統の神様ですね。この祝詞は非常に言霊がすぐれているからいいんです。大祓いの祝詞ってのもありますが、このほうは天津祝詞よりあとでできたんです。』

『御教え 地上天国二〇号、昭和二六年一月二五日

言霊学の起源について。
この学問は二千数百年以前からあった。天津祝詞のできたころである。その後断絶したのを、かの有名な本居宣長翁が再興して、七十五声の言霊を解剖し、一々の活力を解説したのである。その後静岡県清水市美保神社の宮司長沢雄楯(かつたて)師が宣長師の言霊学を基本として、いっそう深いものとしたのを、大本教教主出口王仁三郎師が弟子となって学ぶとともに、より高いものとしたのである。ところがそれを私は出口先生から教えられるとともに、私独自の言霊学を樹立したのである。いずれ余暇ができたら言霊のなんたるかを解くつもりである。』

以下の御教えで大和民族の宗家にあたる神様とは伊都能売(いづのめ)神皇でありメシヤ様ご自身であられると拝察できます。(支部責任者)

『御教え 地上天国二十二号、昭和ニ十六年三月二十五日

日本人種の霊的考察上
処が当時日本の統治権を握っていたのが伊都能売(いづのめ)神皇で、此(この)神皇は余程古代からの、日本の真の主権者であったらしい。先(ま)ず、大和民族の宗家といってもよかろう。』

『御教え 御垂示録三号、昭和二六年一一月二五日

−−御神書を拝読させていただきますと、霊界に長くいたほど良いとあります。明主様は再三生まれ変わっていらっしゃいますので。


『御教え 信仰雑話 昭和二十三年九月五日

地震に就て
此(こ)の稿は昭和二十三年六月二十八日、福井市を中心として大地震があった直後、参考の為地震に就ての私の所説を書いたのである。
抑々(そもそも)、神道の天地創造説によれば、宇宙太初は水蒸気のような水泡のような物質であったが、創造的活動が開始され、分裂作用によって、軽きものは天となり、 重きものは地となり、天には日月星辰が生れ、地は泥海の如き半固体となった。天理教で唱える所謂(いわゆる)泥海時代である。それが年代を経るに従って漸次(ぜんじ)固体化し、植物及び鉱物等が発生し、次(つい)で生物が生れ、最後に造られたのが人間であって、以来進化を続けつつ現在の如くなったのである。
以上の如く、泥海が固体となるという事は大自然の硬化作用に因(よ)るので、硬化するに従い地球の容積は減ずる。所謂(いわゆる)地殻の収縮である。此(こ)の地殻の収縮が地震の原因であるから、古い時代程地殻の収縮が大きい為、地震も大きかったのである。即ち日本に就ていえば、日本海は地殻の大収縮によって陥没し、海が形成されたものであるから、其(そ)れ以前は日本と朝鮮とは陸続きであった事は、日本の各地に象の骨を発見する事によってみても、南方から象が侵入し来った事は信じ得らるゝのであって、其(そ)の時代に船で渡来する事は勿論不可能であったからである。
よく日本に地震が多いのは火山国であるからという説があるが、之に対して私は異論がある。何となれば火山が地震の原因であるとすれば、地震は山嶽地帯に多く起るべき筈なるに拘(かかわ)らず、事実は海に近い所に頻発するのである。然(しか)らば何故(なぜ)海に近い処に多いかを解説してみよう。
元来、日本の国の創成は比較的新しい為硬化が後れており、古い国程硬化が進んでいるから地殻の収縮が少く、地震が少ない訳である。勿論火山に因(よ)る地震もあるが、あまり大きいのはないのである。
元来日本の土地は、古代に於(おい)ては、今日の三倍位の大きさであったのが、その三分の二が陥没し三分の一の大きさになっているのである。そうして日本の地震が日本海の海岸地帯に多い原因は、日本海の陥没運動が未だ持続しているからで、謂(い)わば海岸地帯には断えず小陥没が起っており、それが陸地に影響するのである。之が地震の原因であるから、震源地は近海の海底であって、此(こ)の証拠として関東大震災直後、陸地が一尺以上低下せる所が各地に出現した報告や、越後新潟地方の一部の地盤が年々沈下し、今日の割合を以(もっ)てすれば百年後には海中になるという事で、住民は戦々競々としているという、最近の新聞記事によってみても明かである。又日本海に面した所は年々数呎(フィート)ずつ陸地が縮少するに反し、太平洋岸は年々数呎(フィート)ずつ拡大しつつあるという、此の二つの事実に就て、私は左のような理由によるものと考えるのである。』

『御教え 信仰雑話 昭和二十三年九月五日

宗教と科学
宗教と科学とは今日迄別個の存在のように扱われて来たが、之は大なる誤りである。実は万有は科学に漏れるものはないと共に、宗教に関係のないものもない。
何となれは科学と雖(いえど)も、宗教とは切っても切れない存在だからである。それに気付かなかったという事は、今日迄の宗教の説方(ときかた)が余りにも浅かったからであるという事は数百年又は数千年以前には、今日の如き文化の進歩がなかったからで、其時代の人間に深遠なる理論を説くと雖(いえど)も、到底理解出来得ない訳で、総(すべ)て神の意図は無益なる事を人をして行わせないのである。
然(しか)るに、現在科学の進歩程度は、今一歩で神霊の分野に突入せんとする迄に到っている以上、神霊問題に対し科学的説明をなすとも、現代人に理解させ 得る事は敢(あえ)て難事ではないからである。以上の意味に於(おい)て、今日迄長年月の間固く鎖されていた処の神秘の扉を、私は開扉しようとするのである。
私は科学者ではない。いわば科学のアマチュアである。その私が科学を説くのであるから誤りがあるかも知れないが、多少の参考になり得るとすれば幸いである。抑々(そもそも)近代科学の中で、電気程人類文化に貢献しつつあるものはないであろう。実に凡(あら)ゆる方面に渉って電気の恩恵は今更(いまさら)呶々(どど)を要しないが、もし電気が停止されたならば文化が停止されたも同様であろう。
全く現在は電子時代である。然(しか)るに今次大戦の終末に際し、突如として米国によって発明せられたのが、彼の原子爆弾である。世界は此(この)一大怪物に遇って瞠着(どうちゃく)したのは申すまでもないと共に、之によって終戦を早めた事も勿論である。実に原子破壊の偉力を最初に表わしたものは、多数の生命を一瞬にして奪う事であった。がこれが進歩によって、反対に人類文化に如何(いか)に役立つべき偉大なる発明となるかも、予想し得らるゝのである。そうして電子時代の次の時代を劃(かく)すべき運命を持って生れたのが、この原子破壊であろう。とすればその原子時代の次に来るもの、それは何であるか、私の唱える霊子時代又は神霊時代ともいうべき、最高度の文化時代であろう事も想像し得らるゝのである。右に就て私は左に解説してみよう。』

 

inserted by FC2 system inserted by FC2 system