メシヤ講座三重

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質疑応答形式で作成を始めた19年11月度からの「メシヤ講座・三重」を掲載していきます。
個人のプライバシーに関する記述および個人を特定できてしまう記述は編者の独断で省略しておりますので文章につながりがないことがございます。
また、筆記で作成していますので表現上書きとれなかった箇所もございます。 
ご賢察の程お願い申し上げます。

平成22年10月分


メシヤ講座特選集No.116
<メシヤ様対談記・>

明主様(メシヤ様)と御対談(二)
 アジヤシーン東京特派員 ディック・中村氏
ラジオ東京アナウンサー 真 山 照 政氏
栄光二百六十六号 昭和29年7月21日


(質問者)
次の毛沢東についての箇所ですが、この時はまだ毛沢東は生きていますね。
1893年12月26日 - 1976年9月9日 まで生きましたから。

真山氏 毛沢東は今、現存の人間ですね、もう死んでますか。
明主様(メシヤ様) 神秘ですね。
真山氏 死んでますか。そういう話があるのですが・・・・・・。
明主様(メシヤ様) 危ぶないですね。
真山氏 断言は出来ないですか。生きているか死んでいるかは・・・・・・。
明主様(メシヤ様) 断言はできないです。

(先生)
そうですね。生きていましたね。

(質問者)
『それは生霊といって生きた人を呼べるのです』とメシヤ様は仰っておられますから毛沢東の生霊をお呼びになられたのですね。そこが質問された方はわからなかったのですかね。

(先生)
そうですね。わからなかったのですね。ただね、中国のこの時代は今の北朝鮮と同じように国家主席が本物か否かという噂がでるでしょう。影武者かも知れないとか。毛沢東が死んだら中国の体制が崩れるかもしれないから、と様々な憶測がこの頃はあったのだと思います。中国の体制自体がわからないというのが前提だと思います。それが「死んでますか。そういう話があるのですが」という表現に色濃く出ています。

(先生)
今回の菅総理の中国に対する対応ですが「もっと毅然として欲しかった」という世論が多くありますが、では「毅然として欲しい」と言った人は次には「日本は核武装しても良いと思っているのか。」ということです。そうでないと毅然と出来ないでしょう。中国は台湾に向けてミサイルを百機装備しています。それには核弾頭も装備できます。そのミサイルの角度を少し移動させれば、日本全土へ向けることができるのです。それをチラつかされたら、どうしようもないのです。

戦争まで行ったら負けてしまうでしょう。じゃあアメリカが直ぐ助けに来てくれるでしょうか。ですから毅然とする為には、辺野古問題も主張を変更してアメリカに合わせる形で即刻解決しないといけないわけなのに、そういう繋がりを持って発言する人はなかなかいないのです。政治家ですらそういう繋がりのある発言をしないのですから無責任です。
そういったところが日本人の思慮が浅い所だと言わざるを得ませんね。

今回、毛沢東のことが対談で出てきましたので、我々も日常の生活については、いろいろな要素を基にして外交問題などを考えていかないといけないのだ、と考える為の勉強課題なのだというふうに受け止めて頂けると大変有り難く思います。

そして自分の子供を育てる時には、どうか賢い人物に育てるようにして頂きたいと思います。賢い子供に育てるにはどうしたら良いかと言いますと、ニュースが流れたらね、「このニュースの問題には、こういう背景があるから、そうしたことをわかっておかないといけないね」というように、子供とそういう話をいつもしていかないといけないね。

(質問者)
対談の冒頭で『メシヤ様に与えられた能力は主神様からである』とはっきり仰っておられます。昭和29年のメシヤ様が御浄化に入られる4日前の対談で仰られたのですね。

明主様(メシヤ様) そうです。それだけの能力を神様から与えられているのです。
真山氏 その神様というのは・・・・・・。
明主様(メシヤ様) 主神と言いますが、最高の神様です。最近の事ですが、或(ある)人にキリストが憑(かか)って、この神様によって救われてます。

(先生)
ここでは、他の御神名、例えば『主神様の表現神、顕現神としての「みろくおおみかみ」です』というようなことは何も仰っておられませんからね。当時の人は何故これを読んだら一挙に「参拝の仕方、教団体制等を変えていきましょう」と皆で集議しなかったのか、と思えて仕方がないですね。理事とかいたわけですから。理事会で何故話合わなかったのかと思います。おそらくメシヤ様から御指示がなかったから、という言い訳だろうと思います。御指示がなければ論議できないのであれば即刻辞任すべきではなかったかと思います。それは、最も重要な「おひかり」について印刷に踏み切ったのですからね。これは現在の理事の体制でも同様ですけどね。

(先生)
さきほど〇〇さんが報告して頂いた内容は昨日のことだから、皆さん知りません。皆さんへ教えてあげて下さい。

(支部)
昨日の朝、風邪のような症状で非常に体調がすぐれなかったようで、支部へ「明日の月次祭には参拝したいので、今日は体調がすぐれないので休んでいます。」とメールが来ました。それで夕方「どんな調子かな」と電話をさせていただきました。その時もあんまり芳しくない様子でした。それで一旦は「明日頑張ってくるように。」と言ったのですけども、“ちょっと待てよ”と思い御祈願だけでもさせていただこうと。夕拝にあわせて「〇〇さんは妊婦で調子が悪いので御祈願させて頂きましょう」と〇〇さんと一緒に御祈願させて頂きました。それで御祈願させて頂いている間、私達がもうすごく熱くて、もう汗が出てくるのです。それで「ああ〇〇さんが大部熱が高くなってきたのかな」と思いました。それで御祈願を終えてから「今から伺います」と電話させていただきました。「月次祭前で忙しいのにいいですよ」といわれたのですけども、やはり気になりましたので訪問いたしました。

(参加者)
それで、支部で御祈願して頂いている時に御祈願して下さっている方がそんなに体が熱くなっているということは何も聞いていなかったのですけども、自分は電話を頂いたその時に「ああ、支部から来て下さるのだから起きよう」と思って起きましたら、自分がもうすごく汗だくで「うわあどうしたのだろう」ということをすごく思いまして、それから少し動けるようになりました。この汗で外へ出して頂いて変わったのだなあ、と思いまして、まさか支部で御祈願中に汗だくになっておられるとは全く知りませんでした。それで、御浄霊に来て頂いた時に「先ほど参拝を終えられた5時過ぎに非常に、来て頂くのが申し訳なく思えるくらい楽になったのです」とお話しました。そしたら実は「御祈願の時に非常に熱かったのです」とお聞きしました。

(先生)
それでまた御浄霊を頂いたらすごく熱かったでしょう。

(参加者)
すごく汗がもう「ぶああ」と流れてきました。拭かないと駄目なくらい流れました。

(先生)
そして今日無事に参拝できたのですね。

(支部)
支部に着くなり本当に吃驚するくらい楽になりましたとメールを下さいました。

(先生)
すばらしいね。
その体験記は今回の対談の冒頭と全く同じと言う事だよね。それからメシヤ様が熱い熱いと仰っているのは、実は「此処に光の玉があるから熱いのだ」という部分ですね。この御対談の中身を実証するような出来事が昨日起きたということです。

(支部)
その前に、以前先生が、この支部の御神前で見せて頂いた光景(階段が見えた話)について「最高神の神様を見せていただいただろう」とお話くださったことがありました。そのときにもそれは感じたのです。その時に先生から御教導頂いたことを胸に御祈願させて頂いたのです。

(先生)
ですからメシヤ様は外部の方に最後にお話された神様のことですからね。『主神と言いますが、最高の神様です。』というお言葉はね。それを我々は今引き継いで信仰をしているから、これだけ有り難いことを頂けるのだ、ということです。これをね、もっともっと我々の中に膨らませて、そして皆にお伝えしていく、そういうことがみんなが幸せになっていくことになります。

(支部)
まさしく先月の浜松支部のホームページで、先日、祈願参拝で浄霊を取り次がせていただくときに、出かける前にみくらたなの神様を認識させてもらえるように、御力をいただけるようにと、お参りさせていただいて、奇蹟をいただかれたお話がありました。

そして、先生より「やっぱりメシヤ様に真向かう認識が変わると浄霊の光が強くなるという事です。多くの方々が悶々とした生活の中で、このメシヤ教と出会ったので、一挙にメシヤ様に対する認識が高まったから、ものすごい御守護、奇蹟が出ているのです。だから先に歩いている浜松支部の人たちは、のほほーんとしているので、だから今のような認識を新たにして、メシヤ様に直により太く繋がるように取り組めば、もう手をかざすだけでどんどん結果が出てくるようになるのです。」と御教導頂きました。そういうお話も私の意識に有ったのだと思います。

(先生)
そういう各支部で発信している内容を自分にとりいれて、そして自分が神様に向かう姿勢作りを高めていくと、神様の方では大御光を出してくださっているのですけども、受ける側の想念が低いとその想念のレベルにあわせてしか光を受け止めることができないのです。で、我々の想念のレベルを上げると神様の御光はその器に相応して光をガーッと送り込んでくるわけだからね。『想念の世界』との御言葉を求めた際に、そのことが一番大事なことですね。ですから我々の想念を高めることの為にこういう勉強会をずーっとしているのです。そして、いろんな支部とかブログ責任者が発信しているものも自分にとりいれて、自分の想念を高めていく取り組みが信仰生活の中では一番大切なことなのだ、と思って頂きたいと思います。それから、これだけ支部を超えて情報を我々は得ることができる、そういう素晴らしい時代に今はなっているのだ、ということも確認していただきたいと思います。この時代に生きていて本当に良かった、というふうに思っていけるような信仰生活をして行って頂きたいと思います。

(参加者)
主人は、一週間ぐらい同じような浄化を頂いていまして、私が1日で元気になったので「あんたなんでそんなに元気なん」と驚いています。

(先生)
まあ、それも今勉強中だと思えば良いですね。御主人の薬に頼って行く生活と神様に繋がった自分がいる、この差をね。御主人は後何日続くかわからないですが、一週間だと7:1ですし、8日でしたら時間的にいくと8:1の短縮度ですしね。それぐらい御守護のある生活を私は営んでいるのだ、とね。さらに感謝と意義を自分の心の中に構築していくと、より素晴らしい生活を営むことができるのではないかと思います。その自分の中に感謝とか喜びとかが広がってくると、それが感化を与えて御主人をも自然に変えて行けると思います。ですから自分の中でそういうことが膨らんでいかないとね。良くテレビとかで「オーラを感じますね。」とか言うのですけども、これは自分のそういう感謝とかが膨らんで体から出ていく姿なのです。有り難いと思っていることが体から出ていく位まで膨らむと、これが霊に、相手に、伝播していくと。伝わって行くということなのです。だから良くメシヤ様と御一緒に車に乗せさせて頂くとメシヤ様側だけ熱くてしょうがなかったというお話が残されていますね。そういう状態ね。メシヤ様の腹中から光が発散していることに近づくとそういう感じがすると。だから我々の感謝の気持ちが体から突き出る位膨らんでいくと、そこへ来た人が感化されるのです。

(支部)
御浄霊に行かせて頂いて戻ってまいりましたら全然いつもと違う「光」を感じました。ですので、○○さんの感謝もすごく支部へ届いているのかな。と思わせて頂きました。

(先生)
だから、今の御報告の感謝は自分の家から支部への直線的な感謝ですね。この感謝を自分の体全体に日々膨らませてね。これが自分の中から人に感化を与えられるような感謝になって行くと良いですね。 今回は自分がすごい神様に繋がっているのだなあということを初体験しましたね。今までも子供を通して大変な御守護を頂いてきましたけどね、自分の中でこういう直接的に感じる御守護というのはね、初めてだし、それを感じただけというのは他の教団でも一杯あるのですけども即刻良くなっているということですからね。それが実証されていると言う非常に有り難いことですね。

(支部)
そうしますと、御祈願ということを通じて主之大御神様、メシヤ様と直接祈願者と繋がりまた、御祈願される人とも繋がっているということが今回わからせていただけました。

(先生)
そうだね。ですからその時は支部の御祈願をする人と〇〇さんの霊線とがより太く繋がったのですね。そこに参拝者も加わって一緒にお祈りして下さったと。すると、この支部で感じた光が霊線を通じてダアーと〇〇さんに伝わったのですね。それで戻ってきて支部で感謝の気持ちが伝わるというのも霊線を通じて伝わるのですね。そういうものをこれからも一層大事にしながら信仰生活を営んでいけば、我々の生活というのは御守護の連続になっていきますね。

(質問者)
主神様と直接というのはどのように考えたら宜しいのでしょうか。

(先生)
だからここに冒頭に書いておられるように、生きて御肉体を持っておられるメシヤ様の腹中に光の玉があって、その中に「みくらたな」の神様が昭和25年にお宿り遊ばされたと。そのお姿がこの「主之大御神」様の御神体の形なのだと。光の玉にちょんですね。で、そこが人類を救うという形でメシヤ様が地球にお出ましになられたということです。でその御本体は主神様ですから主神様は宇宙そのものを御経綸されているわけですから、その主神様の地球をお救いになる部分がメシヤ様として表にビューッと出て来られた、ということです。その形が昭和25年にこの「ス(「〇」に「・」)」という形になったということです。そういうふうに自分のイメージを構築しつつ御祈願したり浄霊したりすると、より主神様に繋がる。メシヤ様に繋がるという想念界ができるということですね。

(質問者)
御浄霊を頂く時には何時もメシヤ様の御腹中の光の玉からお光を頂くとの想いでいるのですが。

(先生)
ですから浄霊は体を通さないと救済力にならないからね。どこまでも、やっぱり体から出ている。ですからこの「メシヤ様の御手」の御写真をイメージした方が良いね。浄霊を頂く時にはね。御参拝する時にはメシヤ様の御腹中の光を意識いたします。浄霊を頂く時には何処までも土素が加わらないと浄霊にならないのでね。ですからこの「メシヤ様の御手」をイメージして、〇〇さんから御浄霊を頂いているのですけども、メシヤ様の掌から頂いているというイメージを強めた方がより光が強くなってくるのではないかと思います。

(先生)
ですからMOAの今、残念なところは体のことばかりに集中しているという事です。毒素の塊とかの探査ですね。根本的なことを教えていないのでそのことばかりを研修しているので、どうしても光が弱いのです。それで昭和25年以前の探査方法とかの御教えを論拠にしているのでね。ですから「みくらたな」の神様がお宿り遊ばされたあとのメシヤ様の御教えを論拠にしないと、どうしても光が当然ながら強くなりません。そういうことがMOAの課題なのではないでしょうか。ですから今物凄く情報が多いのですけども、その情報をもとに組み立て方が、皆できていないので情報にアップアップしていることが、サイトを通して勉強をしている人達の現状だと思います。そこで私はメシヤ講座を通してその組み立て方を皆に提示していっているので、ぜひ皆さん想念界の中でしっかり組み立てて言って頂きたいと思います。その組み立ての最先端にメシヤ教の信者さん方はいるからね。皆さんが組み立ててね皆に提示していけると、より良いのではないかと思います。

(質問者)
「霊界から働きますから、何でもないです。」ということも実証されたわけですね。

真山氏 併(しか)し教祖がなくなられると、後、救世(メシヤ)教はどういうことになりますので・・・・・・。
明主様(メシヤ様) 霊界から働きますから、何でもないです。

(先生)
そうね。ただそういう時までメシヤ様が生きておられる、とお答えになっておられますね。しかし、非常に残念なことで早く御昇天されてしまいましたのでね。

(質問者)
朝夕、「景仰」を拝読させて頂いておりますが、「指導者は私ひとりだけだ」とメシヤ様からお言葉を頂戴されたとか、「御教えは御魂相応に受け取れる」とか「肚でむさぼるように読め」とか「失敗も御神書拝読の不足から」とか「御神書も一般書籍も読め」とか人それぞれに応じて御教え下さっておられます。

(先生)
そうですね。だから人のお世話をさせていただくには小説を読んでおかないとね。ビックコミックオリジナルにね落語家の弟子入りをする人の話が出ています。それでいよいよ弟子入りする可能性ができた時に師匠が何を言ったかと言うと、「落語家は人情噺をするのだから、人情がわからないと落語家にはなれないよ」と言う事です。噺を覚えたからと言って人情が相手に伝わるものではないのです。人の機微とかわかった上で噺をしないと伝わらないのです。

それと同じで、今度は人を救っていく上で人間本来どうあるべきかということをわかっていないと、人を世話したことにはなっていないのです。「何月何日こういう行事があるから参加して下さい。必ず乗り越えてくるんですよ。」では。しかし、人の生活の厳しさとか子供抱えていた時の大変さとかわかった上で「乗り越えてきてよ」というのでは同じ言葉でもね、言葉に含まれる想いに雲泥の差が出ますね。

より多く体験した人程人のお世話ができるのは、相手が乗り越える為の決心の仕方について物凄く良く知っているから、その言葉の中に力とかいたわりとかそういうものが込められて言霊になって出てくるからね。まあそういうこともあるので因縁の人が因縁の人を導くと言う事にも繋がっていくのです。

き‐び 【機微】
表面だけでは知ることのできない、微妙なおもむきや事情。「人情の―に触れる」
デジタル大辞泉の解説より

(質問者)
前回のメシヤ講座・三重で
「主之光教団も気付いたのですけども、また組織論が前面に出て唯物的になってしまっているから奇蹟が少なくなってしまっているのです。奇蹟が起きないのは光の玉の働きの受け止め方ということ。奇蹟がどうして起きるかと言うと霊主体従の法則によって起きます。この霊主体従の法則に沿ったものの考え方をして行かないと御守護とか奇蹟とか起きて来ないのです。そういうことに自分の考え方を持っていくと回りは奇蹟で溢れてきます。」の箇所ですがこの「主之光教団も気付いた。」というのは護持委員会の頃のことを指すのでしょうか。だけど今は組織論が前面に出てしまっているとそういうことでしょうか。

(先生)
そうですね。
主之光教団も最初は奇蹟で溢れていたのですけども、だんだん組織論が前面に出てくることによって現実的には奇蹟が減ってきているのです。

(質問者)
組織論と言うのはどういう意味でしょうか。

(先生)
最初は教団護持委員会が出来た時にはね。専従者を中心にして布教所全体が「教団護持委員会を支持しましょう」となってみんな気持ちを結集して立ち上がったわけだから、そういう信仰心の御蔭で不思議なことが一杯起きたのです。そして、そうやって立ち上がったという結束力がありますので、今度はこの中心者は信者がバックにいるのでね。強気に出てくるのです。布教所長は。それで幹部に対しても信者をバックにしているので「信者さんの気持ちはこうですから、それは受け入れられません」とハッキリものを言うのです。すると、幹部側からみると「あいつは生意気な奴だ」と、 なるわけです。

すると、その原因は信者が支えているから、その布教所から外してしまえば発言力が弱くなるわけです。それで転勤をさせるわけです。これが組織論なのです。中央集権化するにはね、「転勤させる」という手法が良いわけです。転勤させなければ信者さんが支援して下さるから、その信者の代表として教団のトップにさえ物申すことができるわけです。

これが実は「下意上達」が成り立つ事なのです。しかし教団としては「上意下達」だけを徹底させたいわけです。組織としてはそう思う訳です。それでそれを実行させるには転勤が一番なわけです。

それと、言う事を聞く人間を先に出世させる、ということです。それで給料にも差をつけるわけです。そういうことが続くと上の人の言う事を聞く人間ばかりになってしまう訳です。信者さんの意見ばかりを上げていくと出世できなくなってしまうのです。一所懸命やった人間が評価されないで、上の言う事を聞いた人間が評価されると、組織としては生命力が無くなって行くのです。そういったためにだんだん奇蹟が減じていってしまうのです。

これは教団護持委員会が15000世帯位までになった時に起こり始めたことです。最初少ない時にはね、信者さん方の意見を出来るだけ聞いていましたね。ところが15000世帯くらいになると安定してくるのです。そうするとね、組織運営という方向に行ってしまうのです。一番純粋なはずの教団護持委員会でもそういったことが起こったわけです。すると、そこにはメシヤ様を求めて、メシヤ様のお示しになられた教団体制を作るという気持ちが薄れていくのです。当然奇蹟は出にくくなっていくわけです。

だから純粋な信者さんにだけ奇蹟は出てくるわけです。純粋な信者さんに応じてポツンポツンと奇蹟は有り続けるわけです。ですが、指導者によって奇蹟は出ないわけです。布教所長の取り組みによっての奇蹟は出にくくなってくるわけです。そういう組織論に振り回された人間に神様の光は流れて来ないから。組織運営の力は流れてくるけども、人を救う力は流れて来ないので、結局教団護持委員会全体に鮮やかな奇蹟の報告がされなくなってくる。

まあ非常に世俗的な話になってしまいました。

下意上達(かいじょうたつ):下の者の気持ちや意見が上位にある人に届くこと。
上意下達(じょういかだつ):上位の者や上層部の命令・意向を、下に伝えること。


(質問者)
でも気付いたのですね。主之光教団も気付いたのですけどもと書いてあります。

(先生)
いやそれは教団護持委員会を作った時の話です。それまでの世界救世(きゅうせい)教はまた奇蹟が出ていなかったから。それで御教えとメシヤ様に向かう姿勢をみんな整えたら嘘のような奇蹟がガンガン出たのです。当時ね。教団護持委員会を立ち上げる度に目の覚めるような奇蹟が各地で出ていたのです。

例えば、九州の大分で教団護持委員会を立ち上げた時に、現在の私の家を拠点にしたわけですが、何人か話を聞いてくれる人がいるという、その前の晩にね、大雨が降ったのです。そして消防団が町の警戒にあたりました。ある溜め池があったのですが、その下に信者さんの家があってその溜め池が雨が降って満杯になって、水面が盛り上がってきてしまった。土で作った堤なのでセメントとか固めないので消防団が見張りをしながら無線で「もうこれは非難しないといけない。満杯になってきた」と。それで下の人達を避難させて、信者さん達はお位牌と自分の金目のものだけリュックに入れて安全な公民館に避難して、そして「こういう状態なので御守護お願いしたい」と家に電話があってね。その時に 「〇〇さんの家の近くの堤が決壊しそうなので御守護頂きたい」と御祈願をさせて頂いたのです。

そしたら、その御祈願が終わったら、消防団が見張っている前でね、堤の水が天に向かって上がり始めたのです。雨が降っているのだけども、水が雲に向かって上がりだして膨らんでいた水が下がって行って、雨が止むまでその状態が続いたのです。消防団は役場に「天に向かって水が上がって行きます。このままなら何とか持ちそうです」と無線で報告したのです。

それで翌朝雨が上がってね、それでその人達が助けられて来てね「御祈願して頂いて本当にありがとうございました」 ということで教団護持委員会が小さいけれどできたのです。そんなことがね随所にあったのです。それでなければ、教主様に反逆する、先祖が悲しむ等々と非難される中では行動を起こせません。

当時副総長クラスの人に呼び出されてね。「いう事聞かないと来月から給料ストップするけれど、それでもよいのか。」というような説得を受けるわけです。しかし、この際「専従したのだから、私はメシヤ様信仰を貫こう」と、そういう燃えるような信仰に神様は感応されて、そういう人達が動くと物凄い奇蹟、そういう自然界まで動かすような奇蹟が出続けたわけです。

ですから信仰と言うのはやはりそういう組織論よりもメシヤ様のお述べになったことを世に知らしめて行く。自分も実行していく。そういう信仰が一番大事だと言う事で、みんな所長達が集まると熱気の有る話がずーっとされていたのです。しかしそれから組織論で行動する人が増えていってみんなの気持ちがぐらついて行くわけです。組織としてはまとまって行ったけれども、信仰心というものはガタガタになって行ったわけです。

だから「気付いた」というのは、「御教えと浄霊を中心にしてやっていかないと、対外活動とかやってても本当の信仰にはならない」ということにみな気付いたから、奇蹟が出たのですけども、組織論が前面に出たとたんに、またおかしくなってしまった。それが今の状態なのですよ、という事なのです。

(質問者)
サラリーマンの世界とおなじですね。

(先生)
ずいぶん世俗的な話になってしまいました。でもね、専従者にも生活があるからね。子供が小さかったり、もう手が離れていたりすればよいのでしょうけどね。現実的な生活を考えるとね。やはり信仰よりそっちをとってしまうのでしょうね。だから過去の指導者達、御釈迦様も家族を捨てたというのも、そういうところに有るわけです。皇太子と言う立場であってもね。純粋信仰をやっていくためにはそういう部分もあるのだということですね。非常に専従者とは厳しい立場ですね。社会性というとそっちに足を引っ張られることが多いですからね。

メシヤ教の専従者になる人もね、子供が手が離れたとか、年金生活だとか、子供が小さいが自営業で面倒見ながらやれるとか、はたまた専従しなければならないような状態に神様からさせられたとかね。そういう重要な使命のある人にはそうなる時にその様な状態にあるわけです。

ですからもう一回教団護持委員会をもっと純化させた状態で一からメシヤ教をやり始めたと。それで条件の整った人から支部を立ち上げていただいていると。そういう活動をしているわけです。

そうしないと、もう地上天国建設は望めないからね。 世界救世(きゅうせい)教があんな状態では。望めない最大の理由は昭和25年以前の御教えを論拠にして活動を展開しているからです。ですから浄霊観が高まって行かないのです。病気を良くする浄霊しかしていないから。本当は地上天国に住む人を作る為の浄霊でなければいけません。初心者としては具合の悪い人が良くなって「すごい力があるな」となります。それでこの力の根源は何かというとメシヤ様だと。それでメシヤ様はどうしてそんなに力があるのかというと、今回の対談記にありますように主神様が背景におられるから、主神様の御経綸のもとに表に出て来られているから力があるわけです。

それで、この御方によって地上天国を作って行くのだ、ということで御教えをお述べになっているわけです。ですから御教えを自分の人生観にするような生活にして行かないと地上天国というのは出来ないわけです。病気の良くなる浄霊ばかりやっててはね。勿論それは必要です。しかし、そこに留まっていては地上天国に住む人というのは生まれて来ないわけです。

それは夜の時代は約三千年間、昭和6年まで有ったわけです。この夜の時代に染み付いた精神的な癖というものが我々には有るわけです。この癖が絶えず問題を起こしているのです。これは社会問題の根源は夜の時代の精神の癖というものがあるからなのです。これを変えて行かない限り地上天国は出来ないわけです。「地上天国に住むことのできる天国人をつくらないといけない」というのが、この信仰の願いとしてあるわけです。

自分に染み付いた精神の癖をハッキリと見つめることができて、それを変えて行こうという気持ちになって、そして変える時に光を当ててもらう、そういった御参拝の姿勢、御奉仕の姿勢、御浄霊の頂き方をしておかないと、天国人にはなれないわけですね。そういうように浄霊観を高めていかないとね。

ですから、地上天国を作ると共に地上天国に住むことのできる人を作る浄霊に、みんなステップアップしていかないといけません。そういうことが浄霊観の高まりの中にあるのです。そのスタートをする為に今回「みくらたな」の神様の御存在を明らかにして、より精神を高め、前進せしめよう、ということで、地上天国祭の時に発表したわけです。そういうふうに全体を繋げて考えておいていただけるとわかりやすいのではないかなと思います。

ノートを半分に区切ってね。左側に「私はこういう癖があるわね」と書いていく。すると今度は右側に「その癖を克服するために力となる御教えは、こういう御教えがある」と探求してゆきます。そして、その御教えを毎日唱えて実践に努めよう、と心掛けます。そういうふうに御教えによって課題を明確にする。

そして、そこに向かって光を当ててもらわないといけません。するとその癖が消える。しかし、また起きてくるので、それが起きない為にまた御教えを拝読して言い聞かせる。それで光を頂くと言う事を積み重ねていかないことには天国人にはなれないのです。

ですから、今回の対談記でメシヤ様は『浄霊による事と私の本を読むとかする事です。それは光が出るからです。』と御教えくださっているのです。

その組み立てが、ただ御教え拝読していれば良いのだ、浄霊を頂いていれば良いのだ、と言う、今までの教え方では何にも変わっていかないのです。意識して、そこに光を当ててもらって消滅していただくと。そして、同じようにならない為に御教えを入れていく。そして、日々実践していく。実践には、霊体一致の法則に従って、血液を汚さない生活も当然ながら加わってゆきます。つまり、食生活に留意する、化学物質の影響を受けない生活を心掛ける、ということがあります。総じて、霊界を乱す心言行に留意する、ということです。

そのことによって夜の時代に染み付いた癖は起きないし、取れてゆきます。そうした積み重ねをして行くしかないのです。

これが今回の対談の結論的な話になりますが、この話をするのに、まず問題提起をさせて頂いたのです。こういうことを積み重ねながら、『昼の時代』に住む人間を皆で作って行きたいと思います。これが御神業の根幹になってくるのです。

それでは一旦終わらせて頂きます。

(参加者)
ありがとうございました。





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