メシヤ講座三重

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質疑応答形式で作成を始めた19年11月度からの「メシヤ講座・三重」を掲載していきます。
個人のプライバシーに関する記述および個人を特定できてしまう記述は編者の独断で省略しておりますので文章につながりがないことがございます。
また、筆記で作成していますので表現上書きとれなかった箇所もございます。 
ご賢察の程お願い申し上げます。

平成22年8月分




メシヤ講座特選集No.114
<メシヤ様対談記・>
明主様(メシヤ様)と法大文学部長・美術評論家谷川徹三氏との御対談(完)
                              (栄光二百十三号 昭和28年6月17日)

●対談記を拝読して

(先生)
今回は初めて読むようなの文言がたくさん出てきますね。MOA美術館へ何度も行ったことのある人では郊壇窯(こうだんよう)と言ったら何が思い浮かびますか?

(参加者)
・・・・

(先生)
郊壇窯(こうだんよう)と書いてますが、郊壇官窯(こうだんかんよう)と言われています。;郊壇官窯の青磁大壺(せいじたいこ)と言ったらわかるでしょう。あれが一番良いものですが(良いというのは、日本で作られたものならば国宝に指定されても良いと評されているという意味です。)、この時は、触れられていません。あれはメシヤ様が仰っているように、王様がいわゆる褒賞品として渡すものです。ですから不完全なものは悉く処分されて、ちょっとでも変なものが出来たら割ってしまったのです。それだけに文字通り完成品しか残らないのです。そういうふうにして作っているので名品が多いのです。

(先生)
青磁がどのようにして出来たか、という逸話を聞いたことありますか?青磁には貫入(かんにゅう)が入ってますね。あれがどうして入って焼かれるようになったかというと、これは南宋哥窯(かよう)というのがありますが、兄弟の焼物師がいて兄の方が物凄く良いものをつくるので弟が悔しくて兄が焼いている焼き物の窯を途中で開けてみたのです。どんな焼き方をしているか知りたくてね。そんな無謀なことを良くやったと思いますがね。開けると外から冷たい風がガーッと入ってきます。

それでピシッピシッとひびみたいなのが入ってしまった。それでこれはいけないと思って閉めたのです。それから窯が冷えたところで兄が窯を開けると、変わった焼き具合で素晴らしい焼き物になっているので、弟を呼んで何かやっただろうと聞いたというところから青磁が焼けるようになったという逸話が残っています。だから何が幸いするかわかりませんね。

(質問者)
鶏頭壷(けいとうこ)というのはメシヤ様がご覧になられているお写真がありますがあの焼き物のことですか?

(先生)
そうですね。詳しくは調べてみないと判りませんね。鶏頭壷(けいとうこ)もふりがなを付けないと鶏頭壷(けいとうつぼ)と読んでしまいますね。こういったことは知れば知るほど深みを増していきます。メシヤ様も『青磁のことは後から後から疑問が浮かんでくる』というようなことをおしゃっているから。やはり勉強すればするほど奥があるのだなあ、という事がわかってくるのでは無いかと思います。これで4ケ月続けましたから、ずいぶんみなさん美術的な造詣が深まったでしょう。

(質問者)
美術館へ行くときなどは、こういったことを復習してから行くとまた見方が違ってきますね。

(先生)
それはもう1点1点違うふうに見えてきますね。

(質問者)
この前NHKの「夢の光琳 傑作10選」で紅白梅屏風のことをとり上げていました。」俵屋宗達の「風神雷神」の配置そのままに模した光琳の「風神雷神」は全く違うものになったと。そして紅白梅屏風は大胆にもタブーとされてきた画面中央に川を配したのは当時としては画期的であったと。そのような説明だったと思います。

(先生)
紅白梅屏風は白梅と紅梅で署名も違うからね。白梅は「法橋光琳」紅梅は、「青々光琳」と署名してあります。若い時と悟りを開いた後とを表していると思われますので「風神雷神」の頃よりは高い境地で書いているのだと私は思いますね。

(質問者)
ええ、テレビでもそのようなことを言っていました。

(先生)
「奈良朝は大体唐ですね。日本でも飛鳥の物というと強いですからね。」と谷川氏がおしゃっています。平城遷都1300年祭を開催していますが、平城京のものと飛鳥のものを見比べて、より知識を持ってみていくと理解が出来るのではないかと思います。

(質問者)
「飛鳥の物というと強いですからね。」という強いというのはどういう意味でしょうか。

(先生)
漢以前、以後というのと関係してきているのではないかと思います。飛鳥の方が古いでしょう。奈良の方が新しい。しかも奈良は仏教が入ってきて、ずいぶん仏教は殺生を戒めているから。柔らかくなっているのはそういう意味ではないかと思います。

(質問者)
なるほど。そういうことですか。

●47年ぶりに消毒薬溶ける浄化を頂く

(先生)
一回目の出張が終わってやれやれと思ったら、翌朝、右足が動かなくなりました。腕立て伏せの状態でしか起き上がれませんでした。翌々日には北海道へ出張するのに困ってしまいました。皆さんにいつも言っていますが「膝の浄化の時は膝の裏側と、足の付け根」ですね。ここを良く浄霊する。私も皆さんに言っている通り、そこを良く浄霊しましたが、なかなか芳しくなくてね、これは通常の浄化ではないなと思いました。「出来物を手術した」という話を昔のメシヤ講座・特選集に書いたことがありますが、その時に洗面器半分近い血膿がダーッとでたのですけども、そのあと中々良くならなくて、するとすぐ5センチ位下にまた出来物が出来て、それで「今回は親がなんと言おうと病院に行かない、自分で浄霊で治そう」と小学2年生だったけれど特別にお光(註:当時はお光をかけての浄霊でした)を頂いていたのでね、一所懸命浄霊をして、そしてパンパンに膨らんで自然に破れて血膿が出て、そしたら中を開いてみると葉っぱの色位の緑の芯が鉛筆の芯より少し太めの芯があってそれをピンセットで引き抜いたらすぐに良くなりました。それでその上のメスを入れたところはいつまでもグジュグジュしていて中々治らなかったのですけども、その手術の事を思い出したので、ひょっとすると7月は前半の勉強会で消毒薬の話ばかりしていましたので、松江の病院の怪我をして切った場合は消毒した方が治りが悪いと、水洗いの方が治りが良いという話をね。ですので、その時に使った薬毒だろうと思って昔メスを入れたところを浄霊し始めたらどんどんどんどん良くなっていったのです。だからね47年前のことになるのですが、その薬毒がやっと許されて溶けてきたのだということですね。ですから出来物という僅かな手術でもね、その時に使った消毒薬や麻酔とというのはここへ残っているという事ですね。そういうことを痛感いたしました。ですからそういう治療をした人の場合には、良くなって元気になったとしてもそのメスを入れたところをね、始終浄霊をすることが大切です。そういうことを浄霊を知っている人に教えてあげて下さい。症状が良くなっても、そういう箇所には毒素が必ず残っているからね。その毒素を徹底的に浄霊して排出させるように教えてあげて下さい。

メシヤ講座・特選集87号(平成二十年四月分)より楳木代表の体験談抜粋

私は、母親が二年間結核で闘病生活をして薬漬けになった後に生れたことも関係して、非常に虚弱体質で4歳まで薬漬けで過ごしました。都度都度お話してきた通りですが、医者に見離された時に浄霊によって九死に一生を得て今日を迎えております。命を救われましたが、小学生の間までは弱くやっとスポーツがまともにできるようになったのは中学生になってからです。そのような体力を得るまでに体中に出来物が十ヶ所できました。最初に右太ももにできた時には、親も不安になったのでしょうが外科に連れて行き手術を受けさせました。洗面器半分位の血膿が出たことを今でも鮮明に覚えております。しかし、傷口は中々治りませんでした。いくら通院しても傷口は塞がらず、そうこうしているうちに傷口のすぐ隣にまた出来物ができました。小学二年生でしたが、「これは医者へ行っても治らないから、浄霊一筋でゆこう」と意を決しました。誰が何と言おうとひたすら浄霊を取り次ぎました。すると、同じように腫れてきてパンパンになった時に何処ともなく破れて血膿が出まして、出た後の中心に緑色の芯のようなものがあるのです。ピンセットで摘んで引っ張ると直径一ミリ長さ一センチ弱の緑色のものが出てきました。私は瞬間に、"これが出来物の原因で、この異物を出すために出来物はあるのだ"と、ピンと来ました。出来物ができる度に緑色の芯が出て、十ヶ所にできた時点で健康体にしていただきました。

●針一本でも疵(きず)つけてはいけない

【御教え】御教え集 3号 昭和26年10月15日
(御伺い)
H ・R(五二歳)、昭和二五年三月入信いたしました者でございます。長男が九月一五日ごろ左足腫の魚の目をメスにて疵(きず)をつけました。そのため二〇日より急に発熱し、左足の大腿部がだいぶ腫れ、非常な激痛を感じ、脊柱はそりぎみになり、身体は硬直し痛みが強く、御浄霊後は小量の排尿がございました。脊柱のそりは一週間くらいにして治りましたが、熱は四〇度くらい約二週間続き、食欲も皆無の状態にて非常に衰弱いたしましたが、お蔭様にて、最近十日ほど食欲はだいぶ旺盛となりましたが、その割に体力がつきません。最近はときどき高熱を発し、特に両足(大腿部)に卵大の「しこり」があり、ちょっと触れても非常に痛がり、右足は曲げており、徐々に伸ばせば、伸びる程度でございます。一週間ほど前より咳の御浄化をいただき、激しい折は血痰も出ます。御浄霊をいただくたびに楽にさせていただいております。なお、八月中旬お墓におりました縞蛇を殺して食べたこともございます。また次女は八年前、脳脊髄膜炎にて死亡しておりますが、なにか霊的にも関係しているのでございましょうか。また御浄霊の箇所につき御教えのほどお願い申し上げます。御屏風観音様は今回奉斎させていただきました。

(御垂示)
魚の目をメスにて疵をつけたというのは、切ろうとした。それで膿でも出そうとした。このためです。私は、針一本でも疵つけてはいけないと書いてあるでしょう。だから神様のお咎めです。お詫びが一番良い。他にはなにもないんです。それを覚るように正守護神がひどく叱ったんです。お詫びすれば治ります。つまり、神様のいうことを守らなかったからです。それを心から悔い改めて、お詫びして、それで治っていきます。そうして、あとは悪い所ですね。熱の高い所とか、悪い所から、出るんだから、固まりをつまりこれだけの毒があるんだから、魚の目を浄霊していれば気長にやっていれば、苦痛なく治るんです。こういうことをしたために苦痛が出るので、悪いことではないが、腫れた所とか、熱の出た所は分かりますから、そこを浄霊する。体力がつかないのは、いままで食事をしなかったので、急にはいきません。それと、熱があるからで、あと気長にやれば良い。霊的のことはありません。蛇を食べたこともなんでもありません。脳脊髄膜炎も別になんでもありません。神様は身体に疵をつけるということは非常に厳しい。ちょっと悪いときに切るとか、突くとかいうのは、霊を信じないことになる。体的を信ずることになる。食い違ってくる。御守護していたのが、パッと切れちゃう。そこにもっていって正守護神が怒りますからね。これは良い教えです。

●三内丸山遺跡について

(先生)
北海道出張の際立ち寄りましたが、三内丸山遺跡は良くなってますね。昔はプレハブのようなところに出土品を並べていましたが、立派な建物をつくって見やすくなっています。60pから70pくらいの鯛の生き作りをした骨とかをより見やすく展示してありました。それからね、女性が使用するポシェットも飾ってありました。それからね、青森ではとれない翡翠とかが出土しているので、これは新潟方面でしかとれないので新潟の集落と青森の集落が交易していたということがわかります。ですから6500年前から3500年前の約3000年間そこに定住していたというその層があって、その発掘現場を今回見せてもらえたのは幸せでした。その時代海がまだ三内丸山の近くまで迫っていましたので灯台のような建物を復元しているのですが、炭素法とかの年代測定技術も進んできていますので、ほぼ正確に復元ができているようです。また最近の考証では建築において木組の方法がもう縄文時代からあったということが言われています。
一尺はどのように決めたのか聞いたことはありますか?昔は定規がないので平均的な人の肘までの腕の長さで測っていました。

(先生)
三内丸山遺跡を見てから移動し始めたら今度は結石が動き始めました。浄霊しながらの移動でしたが石は13時間後に石が2個でました。石が出るまではね。排尿が少なくなるので軽い尿毒症になるのです。すると眠くなる。眠くて仕方がないので仮眠をとります。すると、また石が動き出して痛みで目が覚める。その繰り返しでした。みなさんも皆石を持っているわけだからね。尿石といいます。便器の汚れの原因は尿石だからね。このような話をすると最近は男性も座って小用をする人が増えているそうです。便器が汚れるのを奥さんが嫌うからね。ちょっと良くない傾向かなあと思います。こまめに動かない女の人が増えているのでしょうね。尿石はみんなあるのですけども体調が悪いとそれを排泄しないで固まっていくのです。それと真面目な宗教家と真面目な弁護士はできやすいですね。それは守秘義務を励行するので、思いのほかストレスを抱え込んでしまいます。すると石が出来るのです。職業病の一つですね。ご主人も結石ができたのであれえば、奥さんはストレスができないように、機転を利かせて良くご主人の話を聞いてあげることですね。

●消毒とガーゼを使わない火傷治療について

(質問者)
朝のテレビ「特ダネ」で火傷の治療について、従来の治療(傷を傷める消毒+ガーゼ+抗菌・殺菌軟膏)とは全く逆の治療法で、傷面から出る滲出液には皮膚を再生させる成長因子がたくさん含まれる事が判って、その液を傷面に潤わせて早く治すと言うもので、消毒薬は使わない、乾燥させないのが正しいということを言っていました。湿潤療法というのだそうです。「新しい創傷治療 消毒とガーゼの撲滅を目指して」 というサイトに詳しく紹介されています。

(先生)
良いことを言ってますね。

(質問者)
ラップは良いのですか。

(先生)
まあ、食品にもラップをかける訳だからね。

(質問者)
ほうっておけば良いのかと・・

(先生)
小さい傷は良いですけどね。例えば冬に指などにひびわれするでしょう?パカッと開いた時には濡らしてラップを捲いた方が治りが早いですよ。乾いたままでは治らない。濡らさないと・・人間の体は水で出来てるからね。そういう意味ではね、小さい子供はどうってことなくても年寄りはね、ラップを捲いた方が水分が保存されるのでね、治りが早いと思います。

●現代は過剰に水分補給をしている

(先生)
水分と言えばね、熱中症でずいぶんやられてますが、子供のころから水を飲ませすぎですね、皆は。昔の子は水をあまり飲まなかったね。今は大きい水筒に氷を入れて持たせますね。だからね水分を体の中に保存しておく力が無くなってきているのです。それで熱中症になりやすいのです。ですからやたらと水を飲むのは良くないですね。常時飲んでないと体の水分が保存されなくなってしまいます。ですから子供も鍛えながら育ててあげて下さい。

●検査をしない問診重視の総合医療について

(質問者)
問診のみで90%の的確な診断をする。無断な検査をせず問診のみで振り分ける各科を決めており検査より的確な診断を可能にしている、千葉大学医学部附属病院・総合診療部の教授を務める生坂政臣先生のお話をTBSのTV番組「夢の扉」でやっていました。また、生坂先生の著書に感銘を受け企画された「総合診療」をテーマにしたドラマ「GM〜踊れドクター」がTBSで放送されています。総合診療では、患者の症状を詳しく聞き出し、その情報から、病名や原因を特定するのが仕事です。生坂医師は「問診は、切れ味の鋭い武器」である。と言います。問診だけで、90パーセント以上の確率で患者の病気を言い当てることができると言うのです。生坂医師は「患者への負担を少なくする総合診療を確立」されることに尽力しておられます。

参考ページ 生坂政臣氏(千葉大学医学部教授総合診療部)に聞く一般外来診療の「極意」

話の一例では、痛みを抑える薬は脳の誤作動を引き起こし、脳が混乱する。「痛みを訴えればこの薬をもらえる」と脳が判断してしまうのだそうです。これは御教えではどういうことになるのでしょうか。

(先生)
メシヤ様は何が恐ろしいかとおしゃっておられるかいうと、一つには「薬への依存」です。だから今の話では脳が依存するわけでしょう。これをメシヤ様は薬毒の中で早くから恐ろしいと警告していた。例えば消化薬を飲むと、余計に消化能力が弱くなってくる。そうすると体自体が消化薬に依存してしまう。薬がないと消化できなくなってしまうのです。単純にはそういうことの依存と言う事です。で、最近の研究では脳が欲しがると。鎮痛剤は一種の麻薬だからね。覚醒剤と一緒だから。本来人間と言うのは一つの目標を立ててその目標を達成した時にドーパミンがガーッと分泌してきて満足するのです。ですが、人間というのは楽して儲けたいという気持ちが強いので、達成感が無くてもそういうドーパミンがフワ―ッと出てくるように欲しがるのと同じ構造ですよ、脳は。だからその先生は良い所を組み立ててくれたなあと思います。
「踊れドクター」は症例から導きだしていってますから面白いですね。でもね東山君は薬毒論を説かないからね。治療法を導きだして最後は生体肝移植(せいたいかんいしょく)とかさせてしまうからね。これは困ったものです。(笑い)

(質問者)
お金にならないからテレビでは薬毒論は説きませんわね。

(先生)
そうね。お金にならないからね。さっきの消毒もそうです。消毒薬を使わないで治してしまうと医師はお金になりません。それが経営上大変なことですね。

(質問者)
検査をやっても80%程度の診断とか言ってました。

(先生)
今の医師は問診のできない医師が多いのでね。どうしても検査結果で判断するのです。

(質問者)
先日、知人の子供が熱中症で医者に世話になったそうですが、脈拍だけ測って「アイスクリームを食べておけば治るよ」と言って帰られたそうです。こういう医師もいるのだなあと思いました。

(先生)
アイスクリームって有り難いものだね。アイスクリームがなぜ良いかとというと、喉の奥が冷たくなるでしょう。すると延髄を冷やしてくれるから。直接に冷やすと良くないけれど間接的に冷やしてくれるからね。だから熱中症気味になったらお茶に氷をがっぽり入れてガーッと飲みこむと冷えるから非常に楽になります。水ではだめですよ。水はね排尿する時に体の塩分とかをダーッと出してしまうのです。お茶とかね塩水ですね。それを飲むとすぐに外へ出そうとしないから。時間かかるでしょう消化するのに。だからどうせ水を飲むのだったら塩を少し入れて冷やして飲むと良いですね。

(質問者)
お酒はどうですか。

(先生)
お酒はね。糖を使わないと、体が糖を使ってお酒を分解してゆくからね。だから最後に甘いものを食べないとね。

(質問者)
酒飲みながら牡丹餅を食べる人がいますが正解ですか。

(先生)
正解だね。

一同(笑い)

(先生)
何にしても度が過ぎるのはいけませんね。お酒もね一合以内なら良いけどもそれ以上はね。体に良くないですね。


●原子爆弾

(先生)
今日は広島に原爆が落ちた日ですが、長崎はキリスト教会に落ちたからね。

(質問者)
アメリカはキリスト教国なのに教会に落とすのはね。


メシヤ講座・特選集 79号(平成十九年八月分)代表指導より抜粋

私は終戦記念日を前に長崎を訪れるように神様から指示されていました。広島は、支部が発会したお蔭で訪れるようになりまして、原爆ドームへも足を運ぶことができました。長崎の爆心地は未だだったのです。

「浦上天主堂」を訪ねた時に、歴史上の謂れとは異質な思いに包まれました。天主堂が建設された丘は、江戸時代にキリシタン弾圧のために「絵踏み」が行われた庄屋の跡地です。明治二八年(一八九五年)の着工から完成まで三十年の歳月を要したと言われていますが、教会の完成は信徒にとって言い表せないような喜びだったと言われます。

しかし、完成からわずか二十年後の昭和二〇年(一九四五年)八月九日、投下された原子爆弾によって一瞬にして瓦解、炎上してしまったのです。辛うじて正面の壁面や右側面の一部は倒壊せずに残ったようです。(その無残な姿は写真として残り長崎原爆資料館に保管されている)原爆資料保存委員会が発足(四九年)し、天主堂を原爆資料としてそのまま保存する、という結論が出されたようです。ところが、五五年、長崎市と米国ミネソタ州・セントポール氏が姉妹都市提携を結んだのを契機に、事態は一変したと言われます。

天主堂の廃墟は、米国にとって、米国への怒りと原爆投下への疑問を助長させる「目障り」なものだったので、当時の長崎市長を取り込んだと揶揄されています。

もし浦上天主堂が廃墟のまま残っていたら、キリスト教国による原爆攻撃が、長年の弾圧に耐えてきたキリスト教徒の悲願の結晶を粉々にしたという意味で、広島の原爆ドーム以上の象徴に成り得たのではないか、との思いを抱く人は少なくないと言います。

今、天主堂の遺壁の一部が爆心地の公園に移設されていますが、それだけを見ても何かは判りません。広島の原爆ドームのように被爆体験を象徴するモニュメントではないからです。そのような歴史に翻弄された人々の悲痛な思いが伝わってきたのでした。


●御浄霊が輸血

(質問者)
今は献血として使える血が非常に少なくなっているそうです。持病を持っていたり、薬を飲んでいたり、朝食事を抜いていたりいろんな理由で献血として使えないのだそうです。蚊に刺されて塗り薬をつけた人も駄目なのです。

(先生)
なぜ、献血に使えないのかをハッキリさせて知らせていかないといけないよね。薬が入ったら献血できないのですから。そこをね。

【御教え】 為郷恒淳氏との御対談(栄百七十九号 昭和27年10月22日)

人間といふのは体ばかりではないのです。之は科学といふものは間抜けなもので、斯ういふものが人間としてあるのですから、人間が生きて働いて思想もあると言う事は、物質ばかりではないのです。なにかがあるのです。ただ目に見えないからないといっているのです。丁度野蛮人に空気の説明をしてもないと言うのとおなじです。だから霊のあると言う事を信じさせる事が救いの根本です。その霊を治せばいいのです。そうすると体の病気は治ってしまうのです。ですから輸血といふ事は私の方では笑ってますが之(御浄霊)が輸血です。否輸血以上のものです。何故かと言うと、出血で今にも死にそうなのが斯うやる(手を翳され)と生きかえるのです。

メシヤ講座・特選集65号(平成十八年六月分)代表指導より抜粋

そしてさらに、輸血を伴う治療は人々の延命に寄与するところがあるものの、二十八年後肝臓疾患を患うという統計が出ており、血液による治療がさらなる血液病を生んでいる、という皮肉です。


(先生)
夕べテレビで「科捜研の女」をやってましたが、今の科学捜査と昔の捜査ではずいぶん違いますね。ああゆうのもね参考になりますね。

(先生)
さあ、今日は私からの話が多かったですが、皆さんからの質問や情報も「論」の趣旨に沿ったものに近付きつつあるので、大変嬉しくなりました。それでは時間になりましたので終わらせて頂きましょう。
ありがとうございました。

(参加者)
ありがとうございました。

                              以上

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