メシヤ講座・三重

質疑応答形式で作成を始めた19年11月度からの「メシヤ講座・三重」を掲載していきます。
個人のプライバシーに関する記述および個人を特定できてしまう記述は編者の独断で省略しておりますので文章につながりがないことがございます。
また、筆記で作成していますので表現上書きとれなかった箇所もございます。 
ご賢察の程お願い申し上げます。

平成21年11月度


メシヤ講座特選集No.105

<メシヤ様対談記・14>明主様(メシヤ様)をお訪ねして語る。

文芸春秋誌顧問 日置昌一氏

同編集局次長   近藤利弥氏 

(栄百八十六号 昭和27年12月10日)を拝読

(先生)


三重のみなさんは「ミニ・メシヤ講座」でも「対談記」を

拝読されたとのことですので相当読み 込まれたこと

でしょう。如何でしたか。  私が説明する前にいろいろ

感ずることがあるのではないですか。

(参加者)


 今回は相当読みましたね。



(先生)

今回特徴的なのは文芸春秋は日本を代表する

月刊誌です。そこの顧問や編集局次長との

御対談ですので非常にメシヤ様に突っ込んだ質問を

されているということです。ですから興味深い内容に

なったのではないかなと思います。

突っ込んで聞いておられるので、メシヤ様はそのことを

却って喜んでお答えになっている御様子が行間から

伝わってきます。恋愛論まで引っ張り出してきておられ

ますからね。しかも「情死」の心境まで語られておられ

ます。信者でしたらとてもこのように突っ込んで質問を

できないですね。



(質問者)


日置氏は後半で「人間というものは直接お会いして

いろいろ話さなければ駄目なものですね。」と言われて

おりますので対談を通じてメシヤ様に抱いていた

イメージとは異なるメシヤ様のお人柄を感じられて

親近感を覚えた様子が伺えます。

(先生)


そうですね。「直接会わなければ駄目ですね。」と言って

おられるのは印象が変わったということですね。

日置氏は相当博識ある御方で日本のものの言われとか

調査して本にされておられます。

○○さんはこの人を知っておられるのでは?

ものしり博士とか言われていた人です。



(参加者)


知りませんね。



(先生)


対談の冒頭から、「なぜ観音教からメシヤ教に変わった

のか」と鋭い質問をされておられますね。

これは信者じゃ聞けないですね。



(質問者)


メシヤ様は「メシヤという名前が非常に好きなのです」

と答えられていますね。



(先生)


「メシヤという名前が非常に好きなのです」と言っておら

れるということは「メシヤと呼んでほしい」ということですよ。

それをなぜ皆「メシヤ様」とおよび申し上げないのか。

と言いたいですね。



(質問者)


そうですよね。「メシヤ様」と呼んでほしいということです

よね。



(先生)


このような対談の内容はぜひ知らない人に教えてあげて

ください。私達がよりお力を頂くにはメシヤ様の望まれる

ことをさせて頂くこと。「メシヤという名前が 非常に好き

なのです」と言っておられるのですから「メシヤ様」と

お呼び申し上げることなのです。根本のことですね。



(質問者)


「仮名の「メシヤ教」では誤解を受けてはいけないと思っ

て漢字の「救世」に仮名をつけたのです。」というところ

ですが、なぜ誤解を受けるのでしょう?



(先生)


カタカナでメシヤ教と書いてしまうとキリスト教とかいろん

な方面との関係が出てしまうので、それで世界救世教と

書いて世界メシヤ教と読ませたのです。


(質問者)


日本語では「きゅうせい」と読むのですか?



(先生)


いえ、日本語でも「メシヤ」です。

だから救世教と書いてもやっぱりメシヤ教なのです。



(質問者)

明主様と書いてもメシヤ様と読むのですか?

特選集に書いてあるので。

(参加者)


あれはルビではないのです。



(先生)

原本が「明主様」となっていますが、本当は「メシヤ様」

なので原本を変えるわけにはいかないので

「明主様(メシヤ様)」と表記しているのです。



(参加者)


この時代は「明主様」と呼んでいましたが現在私たちは

「メシヤ様」とお呼び御 申し上げていますので

括弧書きにしているのです。



(質問者)


ああ、そういうことなんですか。



(先生)


だから、今のところメシヤ様とお呼び申し上げているのは

私達「メシヤ教」だけなのです。世界救世教では「メシヤ

であられる明主様」という言い回しの表現を用いて

います。



(質問者)


救世主(きゅうせいしゅ)様とはおよびしないのですか?


(参加者)


 「メシヤという名前が非常に好きなのです」とおっしゃって

おられるのですから 「メシヤ様」とお呼び申し上げるべき

でしょう。



(質問者)


想いは救世(きゅうせい)主様のつもりで構わないわけ

ですか。



(先生)


救世(きゅうせい)主の気持ちで良いですよ。

今メシヤ様が原稿をお書きになろうとしたら、

殊更複雑な教団になってしまったと御思いになられると

思います。このようにメシヤ様と現在および申し上げて

いない教団ばかりなので、文章に書くとややこしく

なりますね。ですからそういったことをすっきりさせようと

メシヤ教は活動しているわけです。

メシヤ様もそのように神界から見ておられると思います。



(参加者)


すっきりしてますよ。メシヤ様とお呼び申し上げているわけ

ですし、教団の名称 は「メシヤ教」でカタカナなわけです

し。(笑い)



(質問者)


「ミニ・メシヤ講座」で話題にあがったことですが、「子供は

宗教とは関係がないのですか」との問いに「関係している

のもあるし関係していないのもあります。それも私は本人

の希望に任せています。」とお答えになられているので、

宗教をやるやらないは本人の自由だと。しかし、

「薬を飲んだら親子の縁を切る」とのお話ですので

宗教をやっていない子供たちにも「医者にいかない」

「薬を飲まない」ということを徹底されたということで

しょうか?


(先生)


いえ、子供たちも信仰はみんなされていたのですよ。

当時の世界救世(メシヤ) 教の信者ではあるわけです。

教団に関係してますか?という質問は教団の仕事を

していますか?という意味なのです。



(先生)


メシヤ様はアメリカにも美術館をつくろうという大きな企画

があったとこの対談で御話になっておられますね。

京都にもつくるとおっしゃっておられました し、

教団としては本来矢継ぎ早になすべきことがあり、

大変忙しいわけです。



(先生)


他に「ミニ・メシヤ講座」で話題になったことは

ありましたか。



(質問者)


祭服の色についての記述が特選集にありましたが、

「色の順位」ということについてお教え願います。



(先生)


いづれ教団の祭服の色についても規定していくつもり

ですが、「白」が一番上ですね。それから「金」で金の

裏の位が「紫」ですね。ですから夜の時代は「紫」が

一番上位だったわけです。



(質問者)


今回の対談の中でも、メシヤ様は前世の中で

「聖徳太子」に生まれたことがあるとの話題がありました

が、聖徳太子は官位十二階を定めましたが、その官位

の階級を色で区別したとあり、はっきりしてはいない

のですがある考証によると、


1.大徳(だいとく) ・・・濃紫
2.小徳(しょうとく)・・・薄紫
3.大仁(だいにん) ・・・濃青
4.小仁(しょうにん)・・・薄青
5.大礼(だいらい) ・・・濃赤
6.小礼(しょうらい)・・・薄赤
7.大信(だいしん) ・・・濃黄
8.小信(しょうしん)・・・薄黄
9.大義(だいぎ)  ・・・濃白
10.小義(しょうぎ)・・・薄白
11.大智(だいち) ・・・濃黒
12.小智(じょうち)・・・薄黒

だそうです。


(先生)


紫は良いですが、白が低いですね。青とか赤より黄色の

方が上ですね。世界救世(きゅうせい)教の祭典の担当

の袴の色を覚えていませんか?



(質問者)


薄い青だったと思います。

(先生)


そうですね。水色は初心者の人の袴の色です。上位の

資格になると白い袴を着るとなってます。そして、最高位

になると今度は衣冠束帯になってきます。衣冠束帯は

天皇ですと茶色になります。皇太子はまた違う色です。

下の位になると淡い色になります。皇室も下の人は

やはり水色ですね。

(質問者)


十二単のあの色は何か関係はありますか。

(先生)


十二単については私は良く知りません。

(質問者)


色に順位をつける根拠はなんなのでしょうか。

(先生)


色に階級付をしたということです。もうひとつ色の見方で

言うと皆さん方の臓器にも色がついているでしょう。

心臓の色とか肝臓の色とか腸の色とか・・


(先生)


何で色が付くのでしょうか。何で、こういう色に見える

のでしょうか。



(参加者)


光が反射するからですか。



(先生)


そうです。光の反射なのです。例えば黒を反射すると

黒色になるのです。太陽の光の中で、ある色だけを反射

してその色を吸収しないのです。ですからこの臓器に

とってこの色だけを入れてはいけないから反射して

この色になるのです。これは最近の肉体の研究で

分かってきたことです。

(質問者)  

すると血液の赤いのも・・



(先生)


だから赤を入れてはいけないということなのです。

その色だけを吸収しているように思えますが、反対で

その色を取り込まずに反射していると理解した方が良い

というのが今の学問の通説です。これは御教えにはない

ですよ。ものの考え方を言っているのです。そういうことも

あるのだということをわかっていくと、色にも意味がある

のだということが分かってくるわけです。

それから、例えば我々の御椀の内側の色は

何色ですか。



(参加者)


赤色です。



(先生)


外は黒色ですが中は赤色ですね。この赤色で飲むことに

よって「命」を頂くというそういう意味があるわけです。

それから古代人は翡翠を好みましたが翡翠はこの辺

ではどこで採れますか。糸魚川ですね。

その糸魚川でとれた翡翠が青森とか北海道とか生産地

でないところから出土しているのです。これはなぜかと

いうと その時代に交易をしていたということなのです。

そこで、翡翠は何色ですか?



(参加者)


青っぽい色?



(先生)


緑色ですね。緑色には再生という意味があるのです。



(質問者)


それで、棺とかに翡翠をいれたりしたわけですか。



(先生)


そうです。ですからそういうようなことを色に求めていたと

いうことです。で、 赤とかいう色は生命力という意味合い

がありますが位からいうと高くはないのです。

しかし大事な色ではあります。緑色も再生という意味

ですが最も高貴な色ではない。で、高貴な色というのは

「金色」です。そして最上位というと光を反射 しない、

全体を包む最高のものとして「白色」ということになり

ます。そういうことが書かれた御教えがあるのでゆくゆく

は明らかにしていきたいと思っています。

それから色の影響を受けるということから考えて行くと、

赤いパンツは「生命力」をいただけて良いという考えが

あるわけです。それから結石のできやすい人は水色の

パンツを履くと石が水に溶けてよいと、そういう考え方も

医療上あるわけです。占いとかいうものではなくて

本質的なものです。紅白の幕を家の周りにかけていたら

今日この家は何か目出度いことがあるのかな。

と思うでしょう。

そういった長い歴史の中で色の本質に起因して決まって

きた決まり事というものもあり、我々は様々な影響を受け

て生活をしているわけですので、生活環境を整えていくと

いうことを念頭において生活して頂きたいと思います。



(参加者)


「ミニ・メシヤ講座」で出た話題で、絶対的な数字、

人智を超えた数字ということで、インターネット上

のあるサイトでの記述で


○ 大ピラミッドの高さ×10億=1億4700万

   ・・・これは地球〜太陽の最短距離に相当する


○ 大ピラミッドの重量×100兆=地球の質量

  というのがありました。



(先生)


神様は地球と太陽の距離や質量を知っておられるので

古代人に命じてピラミッドをつくらせたと言えるかもしれま

せんね。こういった人智では計り知れない絶対的なもの

があるのだということを知っておかねばなりませんね。



(質問者)


今回の「メシヤ講座・特選集」は「認識」ということが

テーマなのですね。「認識」の文字を数えましたら19回も

出てきました。



(先生)


そうですか。18回位にしておけば良かったですね。

(笑い・・・しかし題名を抜くと挨拶の中では18回という

ことになります。)



(質問者)

特選集の「神界通信の内容は50年前にメシヤ様が

説かれた内容です。」との記 述がございましたが、

これはどういう意味で・・・。



(先生)


神界通信という形を通じて同じことを言っておられるわけ

ですね。

で、すでに御 教え頂いていることを神界通信で出てくると

「すごいことだ」と感じてしまうわ けです。



(質問者)


50年前に「神界通信」があったわけではなくて

「神界通信」の内容はすでに御教え頂いている内容だと

いう意味ですね。



(先生)


そういうことです。



(先生)


「認識」がテーマだという話が出ましたが、「絶対性」と

いうことを認識して頂かないといけないので、

伊都能売観音様入仏祈念式典ではあのような挨拶と

なったわけです。いつも正しい神が憑るわけではない

のだとわかっていないと。固執してしまうといつも御伺い

をたてなければ前に進めなくなります。そうではなくて、

我々は絶対の神様を信仰しているのだと認識して

頂きたかったのです。

多くの教団がそういったことで正しい方向を見失って

しまうのです。教祖への最初の啓示があるのですが、

教団運営をしていくうえでいろんな想いがワーッと来て

しまうのです。ですから教団運営に関わる人たちが

教祖の御神格、絶対的な神様を認識していないと

教団方針も変質していってしまうわけです。



(質問者)


すると、今回の世界救世(メシヤ)教教義の『聖旨』と

『聖業』の違いも同じことなのでしょうか?



(先生)


そうですね。後の幹部の方が『聖業』より『聖旨』の方が

良いと書き直したのかもしれませんね。ですから今回は

変更ではなくて元に戻すのだと捉えて下さい。




(質問者)


御神業の根幹に関わることですからね。

先達が変えてしまったことが信じられません。



(参加者)


辞書を調べますと「聖旨」は天使の言葉・教え、

「聖業」は天使の事業とありました。

我々は神様の事業、御神業ですから「聖業」を行って

いるという想いを持ちたいものです。



(質問者)


芸術品で肉食では力がでないと、菜食でないと力のある

作品にならないとありますね。なにゆえですか?



(先生)


これは宮本武蔵とか牧谿(もっけい)とかいうのは、

どういうときに絵を画くのかということです。

水墨画とは何を描くのかということです。

景色を描いているようで景色ではない、その人の悟り

の世界を描いているということなのです。

それで悟りを得ようとすると「行」をしてゆかないと悟り

は得られませんね。 肉食に耽っていては悟りの世界は

無いんだということを、ここではメシヤ様は御指摘されて

いるわけですね。



(質問者)


悟りの世界を絵に描くということからすると、

肉食ではだめだというわけですね。

(先生)


そうです。悟りが開けていないのです。ですから高い境地

で描いたものでないと芸術性がないわけです。ヨーロッパ

などですと酒浸りの人が多いわけでですから塗り固め

ないといい絵にならないわけです。ですから油絵などは

盛り上がってしまうわけです。その点水墨画は線ですね。

ひと筆で書かなければならないところもあります。

枝とかね。神経が研ぎ澄まされていないと描けない

のです。



(質問者)


書道をやっていますが、気持の入っていない書ですと

見た目は良くとも見る人が見たらわかるようで、書道の

先生に「あなたちょこちょこと書いたでしょう」と見破られ

てしまいました。ですから御教えにもありましたが

御玉串料や感謝献金をするにしても気持ちが籠って

いないと駄目なのだということをわからせて頂きました。



(先生)


それは良い経験でしたね。ですから御玉串料の字も

筆で書いた方がボールペンで書くよりも心が込め

やすいということはありますね。そうすると封筒より

半紙の方が書きやすいということになりますね。


(質問者)


「感性の豊かな人がいらっしゃる訳なのですけれども、

感性が豊か過ぎると真っすぐに正神から流れてくるもの

と、あるモノを経由して流れてくるものが頻繁に起きて

くるので、次から次へと求めていくという心理現象を

起こしてしまいます。」と話された、あるモノとは邪神とか

霊とかいうことでしょうか。


(先生)


人の想いとかいうのは動物霊とかに乗かってくるのです。



(質問者)


「仏陀再誕」の映画を見ました。霊が全てを支配する

というような内容でした。



(先生)


 霊は存在しますが、支配はしないのです。

指導する立場の人はそういうことをわかっていなければ

いけません。

大川氏も沢山本を出版されていますね。



(先生)


これから年2冊位のペースで研鑽資料を出版して

いきたいと考えています。テーマは色々考えられますが、

浄霊に関する出版物はたくさんありますので、例えば

「人間が幸せになっていく道」とか、そういったテーマ

なんか良いかと思います。いろいろ皆さんの意見を聞き

ながら検討してゆきたいと思います。



(質問者)


○○の足に瘤ができまして、歩くと痛いのです。

浄霊をしていたら痛みが少なくなってきたようです。



(先生)


何が溜まるのか聞きましたか。



(質問者)


脂肪ですか



(先生)


脂肪は痛くないのです。カルシウムが溜まると痛い

のです。なぜカルシウムが溜まるのかというと体の

バランスが崩れているのです。



(質問者)


骨粗鬆症にもなっておりカルシウム不足ということで

サプリメントを飲んでいます。



(先生)


カルシウムは体に定着し難く、すぐに外へ出てしまう

のですが、定着させるには太陽の光を浴びて運動を

することによって定着をさせるのです。サプリメントで

カルシウムを採ると定着が局部に集中してしまうことが

あるのです。また、体が食物から吸収しなくてもよいのだ

と勘違いしてしまいます。それが体のバランスを崩して

しまうのです。ですから、サプリメントを控えて浄霊し体の

バランスをとること、そして太陽の光を浴びて運動を

心掛け、カルシウムを体に定着させることです。

鼠蹊部(そけいぶ)と痛いところを良く浄霊してください。

自分で浄霊ができるようになれば乗り越えやすくなる

のですがね。



(質問者)


御浄霊をさせて頂くときにメシヤ様をどのようにイメージ

すれば良いでしょうか。



(先生)


光の玉そのものをイメージできれば一番良いのですが、

なかなかできないので神界におられるメシヤ様の光の玉

から現界の浄霊をする人の脳天に光が降り注ぎ体に

充満し掌の幅で光の束になって相手に放射される

そのようなイメージを持って浄霊してください。

そして手の力を抜いて下さい。

メシヤ教の行は下座行と手の力を抜くことだけです。

下座行は人の御世話をするようになったら取り組んで

いただくとして、まずは浄霊で「手の力を抜く」練習をして

ください。そしてメシヤ様に直(じか)に太く繋がらせて

頂く想念を持って取り組んで頂ければこれからの

御神業がより清々しいものになっていくと思います。

これから一か月、今言ったことを念頭において清々しく

御神業に取り組んで頂ければと思います。 

                         以上


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