メシヤ講座・三重

質疑応答形式で作成を始めた19年11月度からの「メシヤ講座・三重」を掲載していきます。
個人のプライバシーに関する記述および個人を特定できてしまう記述は編者の独断で省略しておりますので文章につながりがないことがございます。
また、筆記で作成していますので表現上書きとれなかった箇所もございます。 
ご賢察の程お願い申し上げます。

平成21年8月度


メシヤ講座特選集No.102

美術館三階の日本間に於ける
明主様(メシヤ様)とダヴィット女史
ジャーナリスト会見記
(地上天国四十一号 昭和27年10月25日)を拝読
(先生)

今回はマドレーヌ・ダヴィット女史という美術館の副館長という要職にあり、東洋美術の権威者と言われる人が見えましたので質問がさらに専門的になっています。
この中で我々がメシヤ様を世界の教祖の中で一番尊敬できるところは何かと言いますと、『美術館建設の根本』と仰っているところです。
それまでの価値ある美術品というのは大名とか華族とかいうところの倉にしまってあって庶民の眼に触れることができませんでした。
それを美術館を造って庶民に公開するという、それがメシヤ様の他の教祖と全く違ったお考えで、しかも実行に移されたところは我々の誇りとするべきところだと思います。
それに加えて個人所有がないということも、突出しています。

それからもう一つは因果経から大和絵になってそれから浮世絵になったと。日本の美術史、絵の歴史がそのように推移してきたと簡単にまとめてお話しされ、しかもダヴィット女史はそれをわかっておられるためメシヤ様は喜んでお話をされておられる御様子が受け取れますので、そういったことを噛み締めながらこの御対談は何度も読んでおいて頂ければ有り難いと思います。
牡丹蝶文吐魯瓶(ぼたんちょうもんとろびん)とか難しい言葉が出てきますがこういうのがすらすら読めるようになると美術に相当詳しくなりますよ。

「湯女図」をみられたことありますか?
「湯女」と言うと、どういう職業の人か知ってますか?
江戸時代初期の都市において、銭湯で垢すりや髪すきのサービスを提供した女性のことです。

(参加者)

今でいうアカすりマッサージですかね。(笑)

(先生)

江戸時代までは衛生的には大変だったので、銭湯に行くのは楽しみだったことでしょう。長屋では大便は家ではできなかった。
外の指定された場所に積みあげた。
それを定期的に汚穢屋(おわいや)が掃除してくれた。
不衛生だったのです。
そこへ行くと奈良の平城京は水洗でした。下の方は大変ですが、下水道をつくって下の方へ流していたのですよ。
そういうことを考えて町づくりをしないといけないから昔の人は
大変だったのです。


(質問者)

この美術の知識はメシヤ様は独学だったのですか?

(先生)

そうです。残されたお写真には、お一人で美術誌を研究しておられた場面がありますね。
もっとも、美術学校へも通われた御経験がありますから、もともとの素養もお有りですが。
昭和27年ごろはメシヤ様は分刻みで御神業をなされておられたのですが、その寸暇を惜しんで御研究されていたと言われています。

参考美術資料






幼稚園年中の子供を見て・・

(先生)

子供は文字を覚えるようになったら
「世界救世(メシヤ)教教義」をはじめにひらがなで書いて読ませていくとよいですよ。
昔、小学1年生の子に「世界救世(メシヤ)教教義」を暗記させてみました。
すると、親も勉強になるのです。子供と一緒に教義を覚えて
しまいます。

口写しで教えると口が動くようになるのです。
魂がグッとかわるのです。変わると言うよりも本来の魂が
輝き始めます。
「惟神霊幸倍坐世 かむ ながら たま ちはえませ」
を現実的に教えると、魂を太くしていただき、
幸せになっていくのです。

このくらいの子供は1カ月あれば暗記してしまいます。
親はその時までに御教えを読み込んでいくことが大切です。

【実際に子供で見本を見せて下さる。】

「そもそも」 「せかいの」 「そうぞうしゅ」 「たる」
「すの」 「おおみかみ」 「えほばは」

と難しい単語は細かく区切って教えてあげると言えるように
なるのです。

【子供が素直に先生の言葉の後について同じように話すので一同驚く。】

『抑々、世界の創造主たる主之大御神(エホバ)は、
この地上に天国を樹立すべく、太初より経綸を行わせ給いつつ
ある事を吾等は信ずるのである。
これに対して人間を神の代行者とされ給うと共に、一切万有は人間の為に造られたものである。
故に今日までの人類史はその為の準備工作に外ならない事を信ずるのである。
従って、神はその時代々々に必要なる人間と、必要なる宗教を顕わし給い、それぞれの使命を遂行させ給うのである。
 今や、世界の情勢は混沌として帰趨を知らず、この時に際し、主神は吾等の岡田茂吉教祖に救世主(メシヤ)の大任を下し給い、人類救済の聖旨を達成せしめ給うを信ずると共に、人類の三大災厄たる病貧争を根絶し、真善美の完き恒久平和の理想世界実現を目標として精進邁進せん事を期するものである。
                                (昭和二十五年三月十一日)』


(質問者)

『メシヤ様は、イボについての御守護は『運命です』と
お答えになられています。浄霊実践により運命を変えていただいた証しを目の当たりにさせていただいたことになります。』

とメシヤ講座にありましたが、運命ということは治らない
ということもあるのですか?

(先生)

運命ですからね。治らないこともあります。
運命が変わらないと・・
運命が好転したからイボが消えたと言えます。
あなたのお子さんは浄霊によってイボが消えました。
ここで終わらずに、毎日浄霊してゆけば運命がさらに好転
していくでしょう。

(質問者)

また小さいのが他のところに出来たみたいなのです。

(先生)

そしたらまた浄霊してあげてください。

(質問者)

先日より娘が浄化して熱が中々下がらずに、なぜなの?
ととても不安でした。

(先生)

一つは、急所を外れているのではということと
手の力が抜けているかということです。
もう一つは毒素が出ているのだから良いのではないか。
ということがあります。

感謝の気持ちで浄霊を取り次げるようにそう思って浄霊するよう心がけてください。

風邪は神様の大愛があるから存在するのです。

インフルエンザの型は太陽から飛んでくるという説を唱える人もいます。
神様の御意図のもとに型が決まってくるというのです。

私も小さい頃に薬がたくさん入っていて、1年に何日かは
風邪を引きました。
風邪を引きますと、例えば洟(はな)は最初白っぽいものが
黄色くなり、そして最後には飲まされた薬の色になり、
その色の洟(はな)が出ると風邪は治りました。
その繰り返しにより、次第に健康を許されてきました。
ですから、薬毒を出すには大変な手間暇がかかるのです。
その手間暇が現代人には耐えられないのです。
瞬時に治したいと思うのです。
ですが、考えてみてください。
子供が生まれるのには十月十日という手間暇がかかっているのです。そういうことをわからなければいけません。

現代の子どもと昔の子供が違うのは日常的に洟(はな)がでないということです。
今の子供は美しすぎて、すぐに切れてしまう子に育つのです。

熱を出してぐずぐすしているのは有難いことだと思えるようになって頂きたいのです。


(質問者)

今まで、涎(よだれ)がでていたから安心していたのですが、
今は涎が止まっているのですが・・

(先生)

熱が出て汗をたくさん出したので涎がとまったのです。
液体はそんなに出ませんよ。
涎がそんなに出ない時は口をすすがせるようにすれば虫歯になりません。

(質問者)

子供が咳をし、苦しんでいるのを見るのがとても辛いのです。
浄霊しかないと思いました。

(先生)

悪いものを排泄できる体力があるのだと思ってください。
食べられないことを心配してください。
どうしても食べられない時は、非常時としてスポーツドリンク
を飲ませてあげてください。

メシヤ様も浄霊で病気は治るが体力を問題視されました。
食欲がなく体力がもたないことを心配されたのです。


【御教え】
『それからこの前も話したが結核の場合、病気は治ってゆくが、食欲がないと、どうしても物を食べないから衰弱し、衰弱によって倒れるのです。しかも浄化は、熱が出ますから熱というのは体力を消耗します。熱が出れば痰が出るから睡眠もよくとれないというので、非常に衰弱して、衰弱で倒れるのです。
ですから一番よいことは食欲を大いに出させるのです。
食欲を出させるには肩を柔らかくするのが一番です。
ですから胃弱で食欲のない人は、胃を浄霊するより肩を浄霊する方が効果があります。  
           御教え集 23号 昭和28年7月15日』


(質問者)

御神前で奏上する善言讃詞と仏壇であげる善言讃詞の意味合いを教えてください。

(先生)

御神前で奏上する天津祝詞は神様に聞いて頂いているのではなく、自分たちの霊界に響くように奏上しているのです。

【諸々の曲事罪穢を 祓ひ給へ浄め賜へと申す事の由を】

曲事罪穢をとってもらうよう自分に聞かせているのです。
御神前では自分の霊界を変えて頂くというそういう気持ち
が大切です。
近所の手前大きな声で奏上できない時には小さな声でも
良いのでそういう気持ちを込めて奏上して下さい。

一方、善言讃詞は天国になっていく様子をあらわしています。
神様の御前で自分の霊界が天国になっていくようにお唱えさせて頂くのです。
神様は天国そのものなので神様に聞いて頂くのではないのです。
自分が聞かなくてはならないのです。
自分に聞かせるために奏上しているのです。

そして、仏壇では霊界の人(仏壇の御先祖様)たちに聞かせるために善言讃詞をあげるのです。

(質問者)

家庭慰霊祭では、御神前で天津祝詞・善言讃詞を奏上し、仏壇で善言讃詞をあげるのですか。

(先生)

家庭慰霊祭では、御神前で天津祝詞を奏上し、仏壇で善言讃詞をあげさせていただきます。

御神前では「慰霊祭をさせて頂きますからお力をください」と
お願いさせていただけばよいのですが、
より丁寧にさせていただく意味で天津祝詞を奏上します。

(質問者)

お盆の時はどのようにさせて頂くのですか?

(先生)

13,14,15日のお盆の期間中毎日善言讃詞をあげてください。それから、初めてお位牌を拵えた場合、遷霊式を終えてから50日間は毎日善言讃詞をあげてください。

(質問者)

えー。それはどういう意味で・・

(先生)

位牌がなかったということは今まで懸るところがなかったわけで、
亡くなって50日祭までの50日間の慰霊を行うという意味合いがあります。

(質問者)

実家の○○の命日にはどうしたらよいですか。
自宅に位牌がありませんが・・・

(先生)

お参りできるのであれば、実家へ帰って、善言讃詞をあげて
ください。

(質問者)

遠く離れていけない場合は・・・

(先生)

実家の○○さんに善言讃詞をあげていただく。
その時、実家のある方向に向かって手を合わせてください。

(先生)

今回、月次祭を大切にしていただきたい旨の文章を最後に
まとめてありますが、皆さんは月次祭で「おめでとうございます。」と挨拶をしますが何がおめでたいのでしょうか?

祭りの語源は「真に釣り合う」ですが、「釣り合う」とは
神様と何とがまつり合うのでしょう?

月次祭は人間の都合で日程を決めています。
私が三重を通過する日程にあわせていただいて月次祭を行います。
神様に月次祭を何日に行うと御報告させて頂くと、
神様はこの日に一番の力をくださいます。
ですから、神様が力をくださる大愛、御意図と、人間の都合、諸事情を乗り越えて参拝する想念と努力がまつり合うのです。
そして、無事に月次祭に参拝出来て神様とまつりあうことが
出来たことがおめでたいのです。

(先生)

喜多さんの夢の報告では、御顔が特定できませんでした。
房のあるところが大きく光っていました。

ですから人間の肉体ではなく、腹中にある光の玉そのものが
最高最貴の神様であり、私たちの祈りの対象なのだと
それを私たちに、認識させるために、喜多さんに夢を見せて
下さったのだと受け止めさせて頂きましょう。

(質問者)

キリストの時代でも「浄霊」と言っていたのですか。

(先生)

浄霊という言葉はなかったでしょう。
「手を翳した」という表記ではないでしょうか。

(質問者)

お光を外して浄霊をしてみましたが、何も感じませんでした。

(先生)

そんなことはわからなくて良いのですよ。
メシヤ様は昭和29年に
「本当は御守りはなくてもいいんだけどな。
入会者の氏名、年齢、職業を私に報告するだけで良い」
とおしゃっておられるので素直に捉えたら良いのですよ。

御守りという感覚があるから、お光がないと不安になりますが、
浄霊力のために・・人を救うために頂くのであって、
あなたは自信がないのでしょうが、
メシヤ様と絶えず繋がっているのだという想念を持つと
良いのです。
ですが、執着が無くなるまでかけておいたら良いですよ。

(質問者)

「浄霊力伝授」で氏名、年齢、職業をメシヤ様に御報告させていただきますが、メシヤ様から直(じか)にお言葉を頂いたわけではないので本当に許されたのかと思ってしまうのです。

(先生)

以前ある地域で、「浄霊」の本を見て見よう見まねで浄霊をしたら体が楽になった。ということがありました。すでにそういう時代なっていることを、その話を聞いた時に強く認識させられました。
メシヤ様に祈りさえすれば浄霊力が授かるのですよ。
昭和29年の4月のメシヤ様の御浄化からは、
「もうお光はなくても良い」とお言葉があったにも関わらず
高弟達が布教を理由に止めてしまったのです。
ですから地上天国建設が未だになされていないのです。
御言葉通りに進めて行くということが、「氏名、年齢、職業をメシヤ様に御報告する」ということなのです。
スタートはここからなのです。
"もの"にこだわらず目には見えないがメシヤ様という御存在に繋がっていけば良いのです。自信があれば良いのです。
いや、自信を持って頂きたいのです。

(質問者)

私もこのお言葉を知って、メシヤ教に入会する前に直ぐにお光を外し浄霊をしました。自分でお光がある時とない時の違いを感じたわけではありませんでしたが、浄霊をさせて頂いた方から
「こんな浄霊、はじめてだ・・・」と言われて力強さが違うのだと
わからせて頂きました。自分で感じなくても人を通して教えて頂けるものですね。

(先生)

わからない。というのは浄霊の主眼とするところと外れている
からです。
目の前の人を救わせて頂く。幸せになって頂きたい。
そのようなつもりで浄霊を取り次がなければいけないのです。
また、信仰歴の浅い人と何年も信仰している人では気付き方が違うのです。
ですからそんな試すような考えは初心者のすることです。

メシヤ様は奈良の室生寺へおいでになった時に大雨が降ったのに川の水が濁らず貴人の証しを得た、という奇蹟がありましたが、それでは自分たちが行ったらどうかというとそのようなことが
起こりません。まるでレベルが違うのですから。

夕張では4人の年配者が、お光なしの浄霊に惹かれて実践しています。
自分たちが高齢になって亡くなった時にお光の措置に困るというのが発端ですが、死の病と言われ瀕死の状態になった仲間の浄霊にお光なしで取り組み御守護を頂かれました。
その人がリーダーでしたが、仲間はその人を失わずにすませて頂いたのです。

信仰を深く考えすぎていませんか。
最高最貴の神様はあっさりしておられるのですよ。

知ってからの生き方が大事なのです。
そして、今こそメシヤ様に強く繋がっていかなければいけません。


(質問者)

「一厘の神魂 岩松栄 著」に次の記述がありました。

【去る昭和18年の節分の朝、ラジオのニュースの後に、
「国民の皆さんに告ぐ!今日の節分の豆撒きは、豆を煎らずに撒いて、それを拾って畑に撒いて増産を計ってください」と聞いてはっと気がつきました。
そのことは国常立之神を艮の方へ押籠め奉る時、七五三縄を張り回らし、煎り豆に花の咲く世まで出るな、と岩戸に向かって投げつけたという古事を、聞き及んでいましたが、いよいよ煎り豆に花の咲く世が到来したことと感じました。
その翌々日即ち、昭和18年2月5日、東京を中心として日本の各地から観測できる皆既日食がありました。
朝、日の出前より欠け始め、日の光を仰ぎ始めた時間が、
なんと、午前七時五十三分でした。七五三(しめ)を破って赫々と日の光が輝き始めたのでした。
いよいよ審判の神様が現界にお出ましになることを、型をもってお知らせいただいたと承りました。】

66年前
昭和18年(1943年)
2月5日7時53分 に皆既日食

平成21年(2009年)
2月5日 七五三掛地区 地割れ
7月22日 皆既日食

66年前(6×6=36 ミロク)が霊界で七五三縄が外れ、
今年現界で七五三縄が外れた。
日が一旦消えて再び輝き始める。
夜の時代が終わって地上天国が訪れる型だと受け止められるのではと思います。
 

(先生)

七五三縄が外れるということは、本来の御神業の推進に呼応して起きるものです。
今後とも、地道な御神業を推し進め、積み重ねるように心せねばならないと思わされます。

(質問者)

次の御教えを拝読すると、

29年6月15日(メシヤ降誕仮祝典)の
29年では数字が悪いので数字を足して36でミロクとなる
30年3月3日に
「メシヤ降誕本祝典」を挙行されるおつもりであったのでは?と推察されます。

また、
昭和29年6月15日が御肉体をお持ちの上での
『メシヤ降誕祝典』だったので、
『仮』をお付けになったのではないでしょうか。
そして、本祝典は、『邪魔である』御肉体を御離れになる
からこそ、『本』をお付けになられたのでないでしょうか。

【御教え】
『それからもう一つ言わなければならないことは、
だいたい十一月出来(しゅったい)で開館式をやるつもり
だったのですが、どうも神様の方ではそれはいけな いのです。
それでまた延びました。来年の三月三日が開館式です。
つまり三十年 三月三日で、ミロクです。
それで今年の二十九年では数字が悪いのです。
とにか くミロクというのは数字です。それで今までのミロクは
五六七と書きましたが、 これからは三六九になるのです。
それで五六七は日月地です。つまり基本的の数 字ですが、
今度は現界の経綸になると三六九になるのです。
あらゆるものが三六九が基本になるわけです。
           春季大祭御講話(S29年3月23日)』

(先生)

そうですね、『神様の方では・・・』という言い回しが、
意味深長に思われます。
しかし、メシヤ様は120歳まで御存命である予定でした
から、解釈は難しいですね。

今後の課題です。




                                      以上

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