メシヤ講座・三重

質疑応答形式で作成を始めた19年11月度からの「メシヤ講座・三重」を掲載していきます。
個人のプライバシーに関する記述および個人を特定できてしまう記述は編者の独断で省略しておりますので文章につながりがないことがございます。
また、筆記で作成していますので表現上書きとれなかった箇所もございます。
ご賢察の程お願い申し上げます。

平成21年6月度


メシヤ講座特選集No.100
明主様(メシヤ様)対談記・9 
明主様(メシヤ様)と
  読売新聞社科学部次長 為郷恒淳氏との御対談
(栄百七十九号 昭和27年10月22日) を拝読

(先生)
  今回の対談記では、善と悪を神様がお創りになられたということが
メインとしてあります。
悪も必要だったと言えるのは唯一主神様だからこそ言えるのです。
今までの神々様は全部悪と闘ってこられた訳で、物質文明を発展
させる為には悪も必要だったと言えるお立場は主神様だからこそ
言える訳です。
そして、主神様の代行としてこの地上に降りてこられたメシヤ様
だからこそ、 この真理を説くことができるのです。
そこが最も重要なところです。
というふうに今回受け止めておいて頂くと、我々の信仰姿勢という
ものが深まっていくのではないかと思います。
その点を心に留めて何度も拝読して頂けると良いと思います。

(質問者)
今回も「文明の創造」を要約して説明して頂いたような内容になって
いますね。
本の内容をメシヤ様から直接ご解説いただけて素晴らしい対談だと
思います。

(先生)
そうですね。
やはり外部の人にお話しされる。しかも「文明の創造」をご執筆さ
れておられる同時期にお話しされる訳ですからね。
メシヤ様のご構想が全部お話しに出てきていると感じて大変有難い
と思います。
改めてこうして対談を拝読させて頂くと、素晴らしい内容をあまり深く
読み込んでこなかったな、という感じがいたします。

また、『真の文化と言うのは宗教が中心です。
宗教から哲学、科学となっているのです。』と
お述べになっていますが、「祈りの栞に寄せて」の【1、宗教について】
という項目で古代の人間生活そのものが宗教であったことに触れて
います。そこから時代が進展するごとに宗教の要素が遠心分離的に
発展して、哲学や芸術、 科学、医学というように細分化され
発展を見たのです、ということを書いてます。
そういう考え方は、宗教学者の岸本英夫氏が論じています。
それを参考にして「祈りの栞に寄せて」という本を通して、
信仰する人には本来の宗教というものをわかっていてもらいたいために、
ああいう文章を書いたのだと受け止めて 頂けると大変ありがたいです。
これから若い人が信仰していく時にどうか「祈りの栞に寄せて」の
【宗教について】というところをしっかり把握しておいてもらいたいのです。
宗教というものを団体という組織ではなく、
もっと広い視座で捉えるようにして頂けるとありがたいです。

(先生)
地上天国祭を前に有難い報告がありました。C型肝炎が完治したとい
う報告と、大腸癌のために大腸を全摘してしまった人が浄霊により
大腸が再生してきている、という奇蹟です。
B型肝炎だった方は、現在妊娠中ですので、出産後にご本人から
報告していただきたいと考えています。

大腸癌の方は、地上天国祭で報告していただきます。

(質問者)
薬を飲みながら再生してこられたのですか?

(先生)
いいえ、段々薬を減らしてきたのです。
一昨年の9月から月次祭に来られるようになりました。
最初の3回は参拝に来て帰られると便器が真っ赤になるくらい
出血していたそうです。初回は大量だったようですが、
次回はそれよりも少なく、3回目は更に少量になったようです。
案内者が『浄化作用』の御教えをお話して不安も次第になくなられ
たようです。
そして、月次祭の時が最も御光をいただけて、それで浄化を頂ける
のだということを 分かられて、それから一日3回の薬を減らしていかれた
そうです。
今年の1月の検査で再生していることが確認されてからは、
薬を一切飲まなくなったそうです。
ですから浄霊と薬を減らしていくことで再生が許されてきたと
受け止めるべきだと思います。

地上天国祭を前に有難い報告があるというのと
それからこの日本地図を見てください。
三重支部の責任者が発見されたのですが、

本部−−−伊勢神宮−−−浜松支部−−−鋸山

本部−−−三重支部−−−−富士山−−−日枝神社ーーー
香取神宮

本部ーーー広島支部−−−岩戸観音堂(伊都能売観音様・
定山渓)−−−札幌支部

となっています。
メシヤ教の支部になるには条件がありますが、本部と御神業上の
重要なスポットを結ぶライン上に支部の発会が許されているのです。

また、縦の

富士山−−−山形県鶴岡市(七五三掛地区)−−−岩戸観音


のラインですが、
山形県鶴岡市の七五三掛(しめかけ)地区、月山(がっさん)のふもと
に広がる農村地帯で、異常現象が起きているとニュースがありました。
「まるで、大きな地震に襲われたように見える惨状。しかし、
この地区に大きな 地震は起きていない。
最初にひび割れが見つかったのは、2009年2月5日だった。」
とのことで、地区名といい、期日といい、七五三縄が節分を期して外
れたのでは?
と受け取れる出来事なのです。
伊都能売観音様と富士山の関係ですが、伊都能売観音様は
もともと伊都能売神皇です。『夜の時代』になる時に素戔嗚尊が
押し寄せて来ましたが、神皇は絶対平和主義を貫 かれて争いを
避け、皇位を天照天皇にお譲りになって、そしてインドへ降られまし
た。その時に日本をすべて邪神に征服されてしまうと困るので
富士山と琵琶湖にご自分の分身霊をご鎮座させて守られました。
その一方のご鎮座した神様が富士山の兄之花姫尊様ですから、
富士山と伊都能売観音様をつないだライン上の地盤が緩んだ
ということは七五三縄が愈々解けたという意味があるのではと、
この地図で発見してくれたのです。

この話を昨日大阪で地図を示して話しますと、高井さんが
「鳥肌が立つような内容ですね」と興奮していました。
高井さんが、本部の節分祭、立春祭の折に
「後ろ手に縛られた革紐が解ける映像」を拝しました。
以前報告いただきましたが、その翌日から地盤がずれ始めた
のですから、 深い深い意味があるのです。

【御教え「観音講座」昭和10年】
富士山と琵琶湖は日本の臍に当り、富士山が表、琵琶湖は裏
となり、これを邪神に占領されると日本が自由になるから、
観音様が富士山に兄之花姫尊として、又、伊都能売大神様は
金龍となられて、近江の琵琶湖にお潜みになられた。
この天の真奈井の天の八洲河原において誓約なされたのである。

【御教え「御教え集18号」昭和28年】
この「八」という字も非常に意味があります。
「八」は「富士山」になるのです。富士山の形は八の形になるのです。
それで富士山を一名昔から「八ス(ハチス)の山」と言うのです。
「八が統べる」というわけです。それで「八」は「五三」ですから
伊都能売にもなります。

(質問者)
どうして直線で結ぼうと思ったのですか。

(支部責任者)
以前に紹介させていただきましたが、
ホツマツタエに箱根の神と鈴鹿の神は向かい合ってお鎮まりに
なられた。 という記述があります。

この道を 学ぶ処は
神風の 伊勢の国なり。
千々姫(チチヒメ)も 後には伊勢の
大御神に 仕ゑ、鈴明(すずか)の
道を得て 伊勢と淡路の
中の洞 鈴明(すずか)の神と
箱根神 向ふイ妹背(イモオセ)
我慾(ホシ)を去る 鈴明(すずか)の教
大いなるかな。
 

向かい合っておられるということは直線で結ばれているということで
此の事が私の思いの中にあったのと、その後読んだ
「ふつうの人の神道 三橋一夫著」 に

富士山頂−−−明治神宮本殿−−−鹿島神宮
 
が三点一直線になる。
との記述を読んで、御神業に重要な拠点というのは何らかの繋がり
があるものではないか。と思いました。
それで本部のある玖珠と富士山に直線を引いてみたのです。
その線上に三重県津市があることを発見した時には興奮
いたしました。 そしてこの地図にあるような線を引いてみたら
メシヤ教の支部が富士山や 鋸山、岩戸観音堂という御神業の
拠点と結ばれていることがわかったのです。

それである日テレビで、鶴岡の七五三掛地区の地割れのニュース
が流れ、二月五日から始まった、と報道されたので、
七五三と節分直後ということに何かの知らせだと思いまして、
地図を眺めていましたら、岩戸観音様と富士山を結ぶ線上に
鶴岡市があったのです。


(支部責任者)
ここで本部御神体御奉斎記念式典に参加した前後の感想を参拝さ
れた方に書いて頂きましたので御本人に読んで頂きます。

==============================================
「本部御神体御奉斎記念式典に参拝前後の感想」

三重支部 喜多

5月5日の本部御神体御奉斎記念式典に参拝前後の感想を書かせ
ていただきます。

4月20日

左手首に痛みを感じました。
そして掌から指の先まで腫れあがり何も出来なくなってしまったのです。
痛みがきついので参拝の時に柏手を打つこともできない状態でした。
浄化はありがたいのですが、今月中には何とか軽くして頂きたいと
思っていました。

4月24日

腫れも痛みもずいぶん軽くなり、
5月5日の本部御神体御奉斎記念式典になんとか参拝させて
いただけそうだと安心いたしました。
それにしても「霊が浄まることによって体が浄まる。」
と霊主体従の御教えを頂いていますが、とすれば御浄化により
体が浄まったということは霊も先に浄まらせて頂いたということで、
自分の霊がどれほど浄まったのか体的にも解ることはできないもの
だろうか。
許される事ならメシヤ様お願いしますと馬鹿なことを考えながら眠り
につきました。

次の日の朝起きて、着替えをしようとベッドから降りて服のある
押入れへと思った瞬間もう押入れの前に居る自分に気付いて
びっくりしました。

ほんの5歩位のところですが、フワーッと軽くまるでベルトコンベアーの
上を進行方向に乗って歩いたようだったのです。(浮いたのではない)

不思議な体験でした。
やはり霊主体従だなと私なりに思わせていただくことができました。

5月5日

本部御神体御奉斎記念式典に参拝が許されました。
本部の御神体はさすがに重々しく光の強さには一瞬息を飲みました。
体を突き抜け透明になったような清々しい強力な光。
一人で座ればきっとしばらくは動けなかったであろうと感じさせて
頂きました。

そしてその重鎮の中から出る力強い御光、「絶対力」「無限力」とは?
と常々考えていたことでまさにその御光を体得させて頂けた。
とうれしかったです。

どのような言葉でも言い表せない。
話せばいい加減な表現になりはしないかと実は心配だったのです。

それにつけても御神体をお守り下さる方々の想念の現れがその時、
その場所でメシヤ様が私たちにお示しくださっています。
本部では動かざる絶対のメシヤ様に対する全身全霊をかけての
先生の想念のあかし。
支部では若々しく純粋で活動的な想念のあかし。

私にとってはどちらも掛け替えのない拠り所となっています。
うれしくて、誇りにさえ思えるのです。
メシヤ大黒天様も大変ご立派でした。

5月8日

昨日、朝拝の後、御浄霊を頂く中で、
?口さんが「今から平安郷に行こう」 と誘ってくださいました。
喜び勇んで参拝させて頂きました。聖地の空気を胸一杯に
詰め込んで夕拝までには帰ることができました。
ありがたかったです。

そしてその夜夢を見ました。
それは広い二間続きの和室でその神床に黒っぽい羽織の姿で
男の方が一番上に座っておられます。
しかも前向きですので羽織の紐が大きく白く輝いているのが
とても印象的でした。
それにしてもその神床には他になにもないのです。
壁に御神体も御尊影も床にお花もないのです。どういうことなのかな?

私なりに思い起こしてみて色々の事を感じました。
何の飾りもないお床、その真ん中にスーッとお座りになりこちらを見て
いらっしゃる。
それは、神界に居られるメシヤ様ではないでしょうか。
「何も余計な事はいらないよ。どのような時でも、困った時でも
楽しい時でも、自分を見失いそうになった時は、まず、
ただメシヤ様と呼ばせて頂き、念じれば何時でも何処でも心の神床
にこのように繋がってあげるよ」とお教え下さったように思いました。

私はどうしても自分勝手な価値判断が出てしまい、そのたびに反省
ばかりなので、常日頃より御浄霊を頂き、心の癖を出さないようにし
、メシヤ様のお光に繋がっていきたいと思いました。
又、神床というのはその想い時には出来ていて、そして現界にそれが
出来上がるのかもしれない。
神様の御意図とはそうしたものかもしれないなと思いました。      

==========================
(先生)
身長はどのくらいでしたか?

(質問者)
大きくはなかったです。羽織の紐が非常に白く輝いていたのです。

(先生)
神様がお座りになると座った時の身長が大体鴨居位まである
そうです。
ですから御神体に向かって参拝するときにそういう気持ちで参拝
されると良いかと思います。

神様のお姿のようなものを見せて頂いたと考えれば良いかと思います。
メシヤ様は人間のお姿で在られたわけですからお腹に神様が宿って
いるその神様が光って見えたのかもしれませんね。

「日月地」のブログの質疑応答を読んで頂けると分かるのですが、
主神様とメシヤ様を並行して見てしまうと人間の心は二方向を
見てしまいます。主神様は宇宙の主宰神です。
地球だけではなく、太陽系、銀河系、大宇宙すべてを主宰されて
おります。
メシヤ様は地球を救いに地上に降りて来て下さった。
ですから縦に重なって見られた方が良いと思います。
主神様という大宇宙の主宰神様がおられてその中の部分から地球
を救いにメシヤ様が出てこられた、というふうに縦に重なった存在
として拝した方が相応しいと思います。
精神的には一本で見えるからそういう見方が良いと思います。
こういう説明の仕方は語弊があるのですが、自分たちの想念を確立
していく上でどうしても、
御神体があって御尊影があるのでこういうふうに奉斎してしまいますが、
本当は主神様という絶対的存在があって我々が住んでいる地球を
救いにダーッとその中からメシヤ様が浮き出てきて我々を救って
下さっているのだと。そういう見方をすると非常に我々の位置が
ぶれなくて良いかと思います。
そういうことを意識させるようなご報告でしたね。


【御教え「観音講座」昭和10年】
観音様の御姿はお座りになって鴨居位まであって、
私はこのお姿を見て書いたのが元本部の御神体になって居りました
日の出観音様なのであります。

(質問者)
法難手記を読ませていただきましたが良く理解できませんでした。

(先生)
法難手記では内部の問題というのは書かれていないのでわからないと
思います。
メシヤ講座・三重に掲載されていますが、日本観音教団の教義と
五六七教の教義と世界救世(メシヤ)教教義とを読み比べて
頂きたいと思います。
天国会と五六七会の教義の作り方を比較して、そしてメシヤ様が
世界救世(メシヤ) 教を開教されたときに世界救世(メシヤ)教教義
という統一した見解をお持ちになられたそういう流れで御法難を
捉えて行った方が良いと思います。教義の捉え方が二つあって
完璧にまとめた世界救世(メシヤ)教教義ができたのですけれども、
この教義を理解できていなかったためにあの御法難は起きたのだと
考えて行った方が整理できると思います。
五六七会の教義にはメシヤ様のことを全然触れられていないのです。
少なくとも天国会の方は岡田自観師を通してということが出ています。
メシヤ様のご存在に対する考え方が十分整理されていないまま
世界救世(メシヤ)教というところへ移行していっていますので
そういったことで起きてきた問題なのではないかと推察されます。

重複いたしますが、伊都能売神皇様が皇位を譲った天照天皇様も
すぐ崩御された。 それはおそらく、素戔嗚尊の関係者に殺された
のではないかと。ということは高位の神様でも御経綸上はそのような
目に遭わなければいけないことがあったの だと。
今度はメシヤ様という御存在は主神様の代理の神様とし現界に
顕れその神様でも受難を受けなければならなかったのです。
こういったことは中々私たちが判断することは難しいのです。
しかし信者である我々はメシヤ様の御悲願を達成するということを
全身で受け止めて、そして御神業を推進していくという気持ちを
そういう資料を基に持っていていただければと思います。
世界救世(メシヤ)教教義の完璧さは日本観音教団と五六七教
の教義とを良く比較したらわかると思います。

(質問者)
「日月地」のブログの次の箇所が全くその通りだと思いました。
===========================
matsuki そして、私たちは一人でも多く「救わせて頂く」側
に立たなければならないですね。今や、夫がわかってくれない、
家族がわかってくれない等言っている場合ではなく、
一人を一生懸命わからせる時間があったら、
その間に十人でも二十人でもわかって頂かないと間に合わない。

楳木先生 
わからない人をいくら説得しても徒労に終わる事が多いですから。
それよりも、一人でも多くの理解して下さる人達に、
本物の情報をお伝えして行く事が重要ですね
                (日月地様ブログより)
=========================

(先生)
分からない人は何時まで説明してもわからない。
またわかってても組織が違うと攻撃してしまう。
そういうことがよくあるのです。
○○菌は自然農法ではないと説明しても自然農法の究極の結果
が○○菌なんだと言って譲らない人もいるそうです。

(質問者)
そういう意味では本体の救世(きゅうせい)教の一派が○○菌を
やっているのでは信者さんが皆勘違いしてしまいますね。

(参加者)
深く考えないで勘違いさせられて、何も考えない方が楽なのかも
しれません。

(先生)
楽ですが、
そういうことでは本当の健康というものは確保できていきません。

(参加者)
先週、鋸山・日枝神社・奥津城を参拝してきました。
写真はホームページに既に掲載してあります。
呑海楼では土曜、日曜だけ10時からお茶を頂くことができます。




========================
【御詠 昭和六年六月十五日】  

乾 坤 山  

日本寺の 名に憧れて訪えば まだ見ぬ木なり沙羅双樹といふ  

うす霞む 海に島山絵の如し 呑海楼の庭草ふふみつ  

乾坤山 登りて安房の海遠く 眺むる袖に初夏の風  

山の端に 旭日昇りぬつつましく みな拝めり乾坤の山  

歌詠まむ 事さえいつか忘れけり 海の眺めに心奪はれ  

天津日の 神にゆかりのありぬらむ 名もひむがしの日の本の寺  
 
 
安房歌紀行
 

おもふどち 三十余りの人つれて 房州に向け都たつ今朝  

提灯の かそけき光にとぼとぼと 石の階段ようやく登りぬ  

鋸山 麓すぐればあくがれの 日本寺の門いかめしくたてる  

山寺の 畳ひろびろし夜の眼にも 古りしけはいの床しかりける  

藁葺の わびしくも建つ風呂につかり 汗を流してほと甦がえる  

禅寺の 夜は深々と更けわたり 語り合ひつつ果つべくもなし  

足弱き 人は居残り二十余の 人をひきつれ山に向ひぬ  

房総の 眠れる島も山並も あざやかにしつ日は昇りけり  

山頂は 十州一覧台とかや 実にもその名にふさわしかりぬ  

昇る陽に あたり隈なく明けぬれば 一行下山の途につきにけり  

百あまる 石の観音釈迦如来 達磨や諸仏在します山  

開山の 行基菩薩の刻むとう 薬師如来の御姿とほとき  

そのむかし 光明皇后の勅に 行基菩薩のひらかれし刹  

十一面 観音ませり古きころ 慈覚大師の刻みしものとう  

眺めよき 海辺選びて建てられし 呑海楼の庭に飽かなき  

呑海楼の 芝生の庭に莚のべ 歌会などを開きてたのしむ  

====================
                               以上

inserted by FC2 system inserted by FC2 system