メシヤ講座・三重

質疑応答形式で作成を始めた19年11月度からの「メシヤ講座・三重」を掲載していきます。
個人のプライバシーに関する記述および個人を特定できてしまう記述は編者の独断で省略しておりますので文章につながりがないことがございます。
また、筆記で作成していますので表現上書きとれなかった箇所もございます。
ご賢察の程お願い申し上げます。

平成21年5月度


メシヤ講座特選集No.99

明主様(メシヤ様)対談記・8 
フランスのパリ・マッチ誌主筆 
レモン・カルティユ氏夫妻と御対談 
(栄百六十四号 昭和27年7月9日)   拝読

(質問者)
対談の御言葉にあるメシヤ教は宗教ではない。宗教では人類は救えないとはどういうことでしょうか?

(先生)
昭和26年か27年頃の御教え集に出ていたと思いますが、宗教の「宗」の字というのは先祖とか宗家、総領とかが権威を持って伝える特徴があると、それに比べてメシヤ様は病気治しに主眼を置いているのだと。真の救いという意味で。そういう意味で宗教であって宗教でないという解説をしておられます。

【御教え 御講話 御教え集6号 昭和27年】
 メシヤ教というのは、本当言うと宗教じゃないんです。宗教じゃ、ないんでなくて、宗教はメシヤ教の一部になってますね。というのは、今までの宗教というのは、教えですね。宗の字というのは、つまり祖先とか先祖とか、またその家の総領とか、つまり中心とか、よく宗家とか宗匠とかいうような意味で、とにかく古い、大きな、支配者的なものですね。そんなような具合の、その教えですね。
それが宗教ですからね。教えだからして、どうしてもお説教になるんです。仏教でも、キリスト教でも、大体お説教が中心になっている。お説教が主になっている。ただ、メシヤ教は病気を治す。病気を治すと言うと、今言う教えじゃないんだからね。これは救いなんだからね。それから自然栽培で食糧問題を解決する。それから、美術を奨励する為に、美術館を造る。まだ色々あります。


(質問者)
メシヤ教は宗教ではなく「病気治し」だということですか。

(先生)
病気治しだけでなくあらゆる問題を解決していくということです。
それからバイブルとして「文明の創造」を書いておられますが、最後の「天国編」が完成していないわけです。
天国編をどういうふうに書こうとしているかということを述べておられますが、それは政治・経済・教育・社会組織・労働問題そういうところまで展開して総合したものを一つにまとめれば良い世界が作れるだろうとそれが結果的に「みろくの世界」ということなのだと。
そういった本当の文明を造るという意味で「文明の創造」を御執筆なされたのです。執筆しつつ御面会でそのようなお話をされておられるのです。
それから「明日の医術 昭和18年」とか「天国の福音 昭和22年」とか出版されていますね。
あれはまだ言論の自由が許されていない時にお書きになられたので柔らかく表現しておられます。
そしてもっとはっきりと書くために「結核信仰療法 昭和27年」を執筆なされたのです。
ということから考えると、御教えを拝読する場合に、昭和27年を基点として御教えを拝読すると良いのか、という話になりますが、私論でゆきますと、どこまでも「世界救世(メシヤ)教」開教時点からと考えたいと思います。

【御講話 昭和27年1月6日】
今読ませますが「結核の信仰療法」という本を作って―― 今までは信者さんだけに読ませるというような意味でしたが。今度はそういうことでは追っつかないから、社会的に――医科大学とか政府の大臣連とか国会議員、新聞社、各大病院、結核を扱っている療養所とか――そういう方面にばらまこうと思っている。それで彼らに対して原子爆弾ですね。それをぶっつけ様と――こういう訳ですね。この原子爆弾は生命には危険がないから安心ですけれどもね。今迄思い切って書けなかったけれども、何か問題でも起こりそうな点があったので、成るべくぼかして、柔らかに書いたんです。だから、先の「明日の医術」だとか「天国の福音」だとか、ああ言うものは、思い切って書いてない。処がそんな事を言って居られなくなったのと、言論の自由になったので、思い切って書いても、別に問題が起こらないという事が分かりましたので、今度は思い切って――思い切ってと言ったところで、別に大袈裟に書く訳じゃないんですが、つまり有りの儘に書いて、それを今言った様に、最初に全国的に読ませる積りですが、新聞広告なんかもして、呼び覚ます。呼びかけるんじゃなくて、呼び覚まそうと思っている。だから、相当センセーションを起すだろうと思ってます。何う言う風に出るか、そいつは分かりません。之は一般人も見ますからね。相当な反響がない筈はないと思います。それを今、序文とその次を読ませます。これで、私の言いたい――思っている通りを書いてありますから、可成り思い切って書いてます。

(先生)
メシヤ様は布教のあり方についても細かくご指導されておられます。例えば人の家を訪問した時の話し方ですと、「聞く姿勢で行きなさい。説教をしに言っては行けない。」とそのような細かいことまで御教えくださっています。


【御教え 御講話 昭和27年】
(前略)例えて言えば、人の家に行って格子を開けて、玄関に上って挨拶をし、それから部屋に座って、そこの家によって――相手によって、座り方も話の仕方も、やはり違わなければいけない。話でも、招ばれた場合の態度と話もあるし、 それから先方に、こっちの都合で行って話をするのと、それから話の内容ですね。先方に対する言い方から、受け入れさせ方――そう言うこともやはり法があって、出鱈目ではいけないですね。一番困る事は、自分の言いたい事を言って、先方に喋らせない人がありますが、これが最もいけないですね。話し上手より聞き上手――で、相手の話を充分聞いてやって、それに応じてこっちが話をする。そうすると、先方は気持ち良く、話し合える。
(中略)女は女に、年寄りは年寄りに、インテリはインテリらしく、平凡な人は平凡に、と合わしていく。合っていく――これが応身の働きです。(後略)


(質問者)
「キリストはメシヤではないです。」との記述がありましたが、キリストは贖罪主であり、救い主であるメシヤではない。ということでしょうか。

(先生)
そういうことが根底にあってのお話でしょうね。


眠りかけている子供をご覧になられて・・・
(先生)
御教えにね、「座っているときは暖かい、横になると寒くなる。」というのがあります。それは縦は火の働きだから暖かく、横は水の働きだから寒いということです。ですから子供が横になる時は大人が座っている時よりも寒くなっているんだということを考慮して寝具類とかを用意すると良いですよ。


【御教え『天国の福音』昭和22年】
 抑々森羅万象の構成は火素、水素、土素であり霊気は火素を主とし、空気は水素を主とし、土壌は土素を主とする。又、 霊気(火素)は経に上下動し、空気(水素)は緯に流動する。
そうして微生物の発生は熱即ち火素に因るのであるから、口の曲れる瓶は、経に昇降する火素 をガラスが遮断する為である。此理論を最も簡単に知る方法として、人間が横臥する時は寒く起座する時は温暖であるという事実にみても判るであろう。

(質問者)
テレビで見ましたが、天然シラスを携帯電話などの電子部品や医学などに利用する。癌などの細胞に直接付着させて治療すると天然のものなので、副作用が起こらない。などの利用方法があるそうです。

(先生)
なるほど、シラスですか。火山灰の中のものですね。

(先生)
来る途中の喫茶店で、コーヒーは肝臓に良いとの成分を分析した効能が記されていましたが、メシヤ様の御教えで行けば体が欲するものを食べれば良いんだと、成分的に抽出すれば薬になってしまいます。自然のそのままのものを体が欲するだけ食せば良いと思います。

(質問者)
メシヤ降誕仮祝典で天津祝詞を奏上し、御神名が「天照皇大御神」だったとの記事をみたことがありますが、御神名が「天照皇大御神」とはどういうことなのでしょうか。

(先生)
先達に聞くと御神名も覚えている人といない人がおられるようで、正式には「天照皇大御神(あまてらすすめらおおみかみ)」だったのではないかと言われていますが、きちんとしたことが行きわたっていないというのが当時を調査した人の見解です。

(質問者)
昭和6年6月15日に鋸山で「天照皇大御神様」をお迎えされ、昭和9年に日枝神社に「天照皇大御神様」御鎮座の行事をとりおこなわれましたのでこの時に、御神名を「天照皇大御神(あまてらすすめらおおみかみ)」と奉唱なされたのは理解できますが、昭和29年6月15日メシヤ御降誕仮祝典ですから、この時以降「明主様」から「メシヤ様」とおよびするようになった訳で・・

(先生)
だから、メシヤ様が天照皇大御神様なのではと推察できるわけです。だけど御神名を「天照皇大御神様」とした場合にはメシヤ様ではないのでその時はまだメシヤ様になっていなかったのではと・・
ただ善言讃詞に「メシヤとならせ」をお入れになった時にメシヤ様となられたのではないかとも推察できるわけです。ですが、御説明されていませんので。だからメシヤ御降誕本祝典のときに御説明なされるおつもりでなかったのではと思うわけです。

もうひとつ、素盞嗚尊は私(メシヤ様)に謝らなければならない。というお言葉もあります。
というのは謝らなければいけないということは素盞嗚尊はメシヤ様を殺したととれるわけで、天照天皇の御崩御のことを「謝らなければならない」と言っておられるのではないかと拝察できます。

(質問者)
メシヤ様が頭の御浄化で亡くなられたのが納得できないのです。御法難についてもなぜ神人合一であらせられた最高最貴の神様があのような辛酸を嘗めなければならなかったのかということが腑に落ちないのです。

(先生)
一番根本的なことです。
そのことに疑問が起きるという気持ちと、そしてさきほどのメシヤ会館の拝殿に車椅子で御出ましになられたメシヤ様に対して御神名を「天照皇大御神(あまてらすすめらおおみかみ)」と奉唱(皆が大体覚えている御神名)したということが、救世(きゅうせい)教のなかでさっぱり整理されていないのです。
ですが、「本日よりメシヤ様とおよび申し上げる」と管長から御発表があったわけです。


【メシヤ降誕仮祝典に際し
 全信徒の皆様へ    管長 大草直好 】

『栄光』第263号、昭和29年6月30日発行

 全信徒の皆様に、私から特に申し上げます。只今まで、私共信徒は「明主様」と呼び讃えて参ったのでありますが、今日この御祭を期しまして、「メシヤ様」と申し上げたいと存じます。その点皆様の御了承を得たいと存ずるのであります。
 扠(さ)て今日の式典は、救世教の歴史に重大なる一頁を劃(かく)するものと、私は確信しているものであります。
 救世主の出現は、実に遍く全世界人類の待望している処であります。これを西洋的に申し上げますれば「メシヤの降誕」であり、東洋的に申し上げますれば「彌勒下生」という事になると思うのであります。
 この、「救世主」の出現――即ち、救世主という言葉は、世界における最高最貴の御方を指して申し上げるものと思われるのでありますが、日本で申し上げれば「天照皇大御神様」にも相応するのであると思われるのであります。
 今日「メシヤ様」御降誕を御祝いするという意味におきまして、この盛大なる式典が、メシヤ会館に於いて挙行されましたる事は、全信徒の皆様と共に、祝福と歓喜に堪えざる次第であります。
 又、今日は丁度天照皇大御神様の御誕生日に当る日であると申されて居る佳き日でありまして、私共にとりまして、誠に歓喜と祝福に感無量なるを禁ずる能わざるものがあります。
 今日「メシヤ様」よりは、皆様に、別に御言葉がございませんでしたがそれは御降誕間もない事であるとの意味におきましての御事であるのであります。
 今日この式典が挙行されましたるメシヤ会館は、御覧の通り現在約九十%の工事進渉を示しておりますが、来年の三月三日、水晶殿と共に、盛大なる完成式が執り行われる予定になっております。
 このメシヤ会館の開館と共に、益々救世教が全世界に向って発展し「メシヤ様」の地上天国建設の御聖業が、段々とこの世を幸福化するものと確信し、全信徒の皆様と共に、色々と御偉業の一端の御仕事に当らせて戴いて、御恩の万分の一でも御返し申し上げる覚悟を以て邁進致したいと存ずるのであります。
 甚だ簡単でありますが今日の祝典に当り私の御挨拶として申し上げたる次第であります。


(質問者)
天照皇大御神=メシヤ様だと?

(先生)
だからそのことがさっぱり整理されておらずわからないのです。
そうするとなぜメシヤ様が御法難に遭わなければいけなかったかということと、天照皇大御神様という神様(天照天皇)が、素盞嗚尊が朝鮮半島から日本へ押し寄せてきて、そしてその当時日本を統治されていた伊都能売神皇(伊都能売天皇)が絶対平和主義だったので、戦いを避けて密かに日本から出国されてインドへ下って行かれた。で後を継いだのが天照天皇だった。しかし天照天皇は御教えの中ではある事情によって崩御されたと。で天照皇后がその後を継いだのだと。
そして琵琶湖を基点にして東を天照皇后、西を素盞嗚尊が統治すると決められたのですが、素盞嗚尊が皇位を狙ったので天照皇后は最後は戸隠に御隠れになられた。というのが御教えに書かれていることですが、それではある事情により崩御されたのはなぜかということは書かれていないのですけれども他の所謂神懸りで教えられたのは毒殺されたのだと。そうするとメシヤ様という存在、当時日本の最高最貴の神様であられた御方が殺されたというようなことが現実問題起きていたのだと。

そういうのと比べてみるとメシヤ様が御法難に遭われるという、大変な 事を味会わざるを得ない事情というものは、そういうことと関連しているのではないかということが人間の立場から推測できるわけです。

で、推測できるけれど も今の現代の世界全体を見てみると飛んでもない馬鹿なことが世界を覆っているでしょう。新種のインフルエンザ等等、今だに日本ではね、外から帰ったら手を洗いましょう。うがいをしましょう。インフルエンザにとってはうがいなんて全く効果ないんです。だけれどもテレビでは馬鹿みたいにみんなうがいしましょうと言っています。ウイルスが咽喉へ付着した場合、すぐ中へ入っていくのでうがいしたって何にも意味がないのです。しかし、人間の心を安定させるために、うがいを推奨しているわけです。裏で利益を得ている人達がいるわけです。そういうような人達が世界を制覇しようとしている。メシヤ様はそれを排除していこうとしたのですけれども、メシヤ様を補佐しなければいけない人達が権力欲に心を奪われてしまったのです。所謂闇の世界に対して隙を作ってしまったということです。

御教えに「抜き身の中にいる気持ちいでいなさい」とあります。作法で挨 拶するときに扇子を自分の前に置きますがなぜだかわかりますか?
襖の向こうに居る人達が何時襖を閉めても扇子の分だけ襖は閉まらずに首は守れます。所謂自分の身を守るためなのです。このように警戒心を持って御神業するべきところを下の者が警戒心がないためやられてしまったのです。
ですから瀬戸際まで来ているのを一挙に押し戻す取り組みというものを皆でやっていかなければいけないのです。と思うのでそういうことを繰り返し繰り返し書いているわけです。
気持の中ではね。このような素晴らしい浄霊力というものを授けて下さったメシヤ様がそんなのにやられるわけはない。と思いたい、自分たちは。思いたいけど現実に120歳まで生きられるおつもりが人間的には御他界せざるを得なかった。やはり欲望の世界というものが物凄く執着を持って押し寄せるということを自覚しながら私たちは御神業してゆかなければいけません。

(先生)
今回の対談の最後では、和気藹藹と和やかな雰囲気だったことだけ後書きにありますが、この後に出席者の幹部がこの対談を受けて私はこういう風に受け止めたと所見を述べるべきだったと思うのです。だから今後信徒の皆様はこういうことを腹において御神業に臨んで頂きたいと。
御法難があり危機的状態を乗り越え、ずーっと発展してきてやれやれという気持ちがあったのではないかとも思うのです。そうしてフランスから一番と言われるパリ・マッチ誌の主筆が来られて大変なことだと、和気藹藹と和やかな雰囲気ばかりが強調されてしまった。当時の切迫した状況を幹部はわかって御神業に臨まなければならなかったと思うのです。

私たちは、今こういう小さい形ながらもその御神業をわかろうとして今勉強をしているのです。そうしてわかった人が中心になって本来のメシヤ様の御神業を推進していかねばなりません。
そのために今回ね、50年間の御神業空白と書いたのは空白だったのだと、これから実のあるものにしていくのだというふうに捉えてください。

(参加者)
今回のメシヤ講座に「御経綸と教団の使命に関するまとめ方が両教団で異なるのです。」との記述がありましたので、お手元に教義について資料をお配りいたしました。
日本観音教団教義
日本五六教教義
世界救世(メシヤ)教教義
世界救世教教義 (メシヤ教 祈りの栞に寄せて掲載)
です。一度比べて見て頂きたいと思います。
私が個人的に特に気になりましたのは、「五六七教教義」にはメシヤ様の御神格に関する記載がないことと、聖者賢哲に経綸を行わせる。という箇所、「日本観音教団教義」ではメシヤ様を「力徳者」と表現されている箇所などです。  
教義比較頁へ

日本観音教団教義

『光』号外、昭和二十四年五月三十日

 大宇宙を創造され給いし造物主たる主の大神は、此の地上に天国を顕現すべく太初から大経論を行わせ給いつつあるのである、之が為神の代行者として人間が造られ、又万物は人間の為に造られたる事を信ずると共に今日迄の歴史はその為の準備工作であり、其時代時代に必要なる人間を顕わし給い夫々の使命を遂行させ御目的を達成され給うのである。

 主神の御分霊たる聖観世音菩薩は仏界に下られ給いし御名であって専ら救世済民の為三十三相に変現化身せられ、或時は光明如来と現じ、またある時は応身弥勒と化し、実に応変自在自由無碍の御活動をされ給うのである、茲に世界の大転換期に際し、神幽現三界の救済の為無限の力を発揮され給う事になったのである、其暁病貧争絶無の世界は樹立され、人類の理想たる真善美の完き光明世界は、茲に実現するのである。

 本教顧問岡田自観先生には、観世音菩薩が人類救済の為の代行者として選ばれたる力徳者たる事を信じ、吾等は其聖業に参加を許されたる光栄を感謝すると共に、全力を尽して神意に添い奉らん事を期するのである。

五六七教教義

『光』号外、昭和二十四年五月三十日

 無限絶対無始無終、宇宙の主宰神たる主の大神は、理想世界顕現の御目的を以て、各時代、各地域に聖者賢哲を出し、救世の経綸を行わせ給う事を信ず。

 主の大神とは、泰西に於てはエホバ、ゴット、ジュウス、ロゴス等々、中国に於ては天帝又は無極、亜細亜に於ては梵天、大自在天、アラーの神又は天之御中主の神と称え奉る。

 主神の分霊たる観世音菩薩は、大光明如来または応身弥勒の御名によって千変万化の御活動をなし給い、末法濁世を浄め三界万霊を救わせ給う事を信ず。

 観世音菩薩は最後に五六七(ミロク)の御力を揮わせ給い病貧争を根絶し、地上天国出現の聖業を完成し給う、其大偉業に参加を許されたる吾等は、無上の光栄と信ず。

 地上天国とは、人類待望の真善美を完全に具現せる世界にして、万民和楽の永遠なる平和世界たるを信ず。

世界救世(メシヤ)教教義

『救世』五三号、昭和二十五年三月十一日

 抑々、世界の創造主たる主の大神(エホバ)は、此地上に天国を樹立すべく、太初より経綸を行わせ給いつつある事を吾等は信ずるのである。之に対して人間を神の代行者とされ給うと共に、一切万有は人間の為に造られたものである。故に今日までの人類史は其為の準備工作に外ならない事を信ずるのである。従而、神は其時代時代に必要なる人間と、必要なる宗教を顕わし給い、それぞれの使命を遂行させ給うのである。
今や、世界の情勢は混沌として帰趨を知らず、此時に際し、主神は吾等の教主岡田自観師に救世の大任を下し給い、人類救済の聖旨を達成せしめ給うを信ずると共に、人類の三大災厄たる病貧争を根絶し、真善美の完き恒久平和の理想世界実現を目標として精進邁進せん事を期するものである。

世界救世(メシヤ)教教義 (祈りの栞に寄せて掲載)

 抑々、世界の創造主たる主之大御神(エホバ)は、この地上に天国を樹立すべく、太初より経綸を行わせ給いつつある事を吾等は信ずるのである。これに対して人間を神の代行者とされ給うと共に、一切万有は人間の為に造られたものである。故に今日までの人類史はその為の準備工作に外ならない事を信ずるのである。従って、神はその時代々々に必要なる人間と、必要なる宗教を顕わし給い、それぞれの使命を遂行させ給うのである。
今や、世界の情勢は混沌として帰趨を知らず、この時に際し、主神は吾等の岡田茂吉教祖に救世主(メシヤ)の大任を下し給い、人類救済の聖旨を達成せしめ給うを信ずると共に、人類の三大災厄たる病貧争を根絶し、真善美の完き恒久平和の理想世界実現を目標として精進邁進せん事を期するものである。

(質問者)
対談記、面会記録の中から真意を受け止めることは相手によってお言葉を変えておられることから推察するとよくよく慎重に御教えを拝読させていただかなければいけないと思います。

(先生)
教祖になれるのは「人を救う言葉を身につけた人なのだ。」ということを5月5日の挨拶でお話しいたしました。
メシヤ様は人を救う言葉を蓄えるために御苦労されたのです。
そして蓄えたお言葉を今度はみんなに教えとして出していく。メシヤ様のテープを聞いているとスラスラとお話しされておられません。かなりの間をおいてお話しされておられます。
その質問者に対して返答する際にいくつか頭に描いて適切なお言葉を選んでお話しされたのです。
ですからそのお答えはその質問者に対するお答えなのです。他の人に対するお答えではないのです。
そういうようなことを考慮して対談記や質疑応答を読んでおかないと全部みんなに言っておられるのだというふうにして読んで行くと錯覚を起こすのです。
こういうことを今まで教団ではあまり言ってこなかったので信仰の幅がなくなってきているのです。
ですが、幸いにしてこういう話し合いがメシヤ講座でみんなとできるので皆さんの気持ちの中は非常に幅を持って御教え拝読に取り組むようになって頂ければこれに勝ることはないと思います。
書籍はすべてにメシヤ様の目が行き届いていると思って読むと間違います。校閲されていないものもあると分かった上で拝読なさってください。

(質問者)
メシヤ様という最高最貴の神様であられるお方がなぜ御法難を予測できなかったのでしょうか?

(先生)
メシヤ様は「神様のことがわからないということがわかったということだ」と御教えくださっておられます。だから自分の気持ちとしては神様なのになぜ御法難を予測できなかったのか、という疑問は人間として当然起きることなのですけれども、しかし、神様の世界ほどやっぱり暗闘が繰り返されているわけですから。メシヤ様の御神業に対してやはり横からそれを阻止しようという動きが物凄く膨らんで起こった事件ではなかったかと思います。

もっと遡っていけば昭和元年に神がかりになられて太古の地球の歴史とか未来はどうなっていくのかとかということを啓示を頂くわけです。便箋400枚位が口を突いて出てくるわけです。しかしそれから立教するまで10年かかっているわけです。
それは慎重なお人柄であったということとやはり相当昭和6年の初めごろまで確認作業をされたわけです。
それで内容に間違いないと決心をされたから昭和6年の6月15日に鋸山に登られて昇りくる太陽に天津祝詞を奏上されて天照天皇をお迎えになって、今度は日枝神社に御鎮座なされた。それではそれから教団を起こされたかというとそういう大きな御神事をおこなったにも関わらずまだ立教されていません。
それからは今度はこの使命に基づいて人々をどうやって
救っていくかということを研究されるわけです。
3年積み重ねていって浄霊に辿り着いたので立教の運びになったわけです。
ですから万人を救うための準備期間に10年かかっているわけです。そういうふうに捉えてメシヤ様のことを見つめさせて頂くと良いのではないかと思います。
ですから、なぜメシヤ様が御法難に遭わなければいけなかったのかと考えると、メシヤ様という神様の存在と人間としてのお人柄というものを照らし合わせながら考えていくことが必要です。

(質問者)
メシヤ様は浄霊法をいつごろ確信されたのでしょうか?

(先生)
大本教時代は「鎮魂帰神法」でやっておられたのです。
それから「気功」とか「レイキ」というのを研究されたりしました。「レイキ」は掌を翳すという行為も行うのでそういうのも研究した末に「浄霊法」という作法を編み出されたということです。
おそらく昭和9年だと思います。
今度どうやってみんなに授けるかという問題があります。授け方が整い、そして12月23日が仮発会式になったわけです。
「お光」という形になるまでには玉川沿いで弟子に「浄霊を許すから対岸の人を浄霊しなさい」とその時は「お光」なしでされたわけです。メシヤ様が「許す」とだからメシヤ様から許されれば浄霊ができたわけです。
それで「許す」形をどうするかということで「お守り」ということに辿りつかれたのが、昭和9年の12月だったわけです。

(先生)
コンビニなんかでも漫画で結構良い本が置いてあります。
みなさんも一度のぞいてみたらどうですか。「神々の指紋」なんか分厚くてよみ辛い本ですがこういうのは漫画の方が読みやすいですよ。

(先生)
みなさん平城京(奈良)は行かれましたか?朱雀門の反対側の方に資料館があります。
道に傾斜がついています。日本の下水の起源だそうですよ。自分たちの近辺の町は知っておくと良いですね。飛鳥は韓国の人達、平城京は中国から来た人たちが作った都です。
どのように大陸から伝来したかということがわかってくると思います。また、自分の家をつくる上でも参考になると思います。

(質問者)
本部御神体御奉斎十周年記念式典の先生の御挨拶の中で、善言讃詞を元の形に戻された。一部分読み方の違うところがあるのでこれも戻された。とのお話がございました。 
これは、天が下 (あまがした)のことだとおもいますが、
宇宙は(あま)と読みますので、宇宙(あま)の下とのことでしょうか、それともア行に言霊を揃えるという意味でしょうか?

(先生)
宇宙(あま)の下と捉えた方が良いでしょう。

(質問者)
それでは、白す も(もうす)との現代語より(まをす)の方が良いですね。

(先生)
そうですね。

(質問者)
電気治療椅子というのがありますが、体に害はあるのでしょうか?治ったとの話も良く聞くのですが。

(先生)
人間の体にはもともと電気が流れているのです。心臓も電気信号で動いています。一部分に極度に電気を流せばバランスが崩れる可能性もあります。するとどこかに影響が出ることもあり得ます。効果もあるでしょうが、全体のバランスが崩れる可能性があるのです。信仰心のない人は物に頼ってしまいます。
自分で浄霊できるのだと。機会を見て話せると良いですね。

(質問者)
夜昼転換の啓示の話がありましたが、なんのことだか・・

(先生)
夜昼転換は鋸山の神事の昭和6年6月15日となっていますが、昭和元年の神がかりで御啓示があられたわけですから昭和元年が理想的だと思います。
この御啓示の確認作業に6年かかっているのです。
ですから、昭和6年6月15日鋸山に登られたのは岡田茂吉(メシヤ様)という御方の決心によることなのです。
このことを私達の生活におろして捉えてまいりますと、人間一人一人の決心によって私たちのまわりにも夜昼転換が行き渡っていくのです。

(質問者)
変化を転換というのですか?なぜそれが夜と昼の転換なのですか?

(先生)
夜の時代の考え方から昼の時代の考え方に転換をしていかねばいけません。夜は何も見えません。月明かりでもおぼろげなる景色が浮かび上がるのみで、細部は分かりません。それと同じ様に真理が見えないために問題の解決もできにくいのです。それで、夜が明けると真理が明らかにされるのです。隠し事はできなくなるのです。すべてを明らかにする方向へ世の中が進んで行くのです。当然あらゆる問題が解決されるのです。

(質問者)
そのことを説かれたのはメシヤ様なのですか?

(先生)
他のところでも言っていますが、法則という形で説かれたのがメシヤ様なのです。

                                
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       【今回関連する メシヤ様 年譜】

昭和元年(1926年)12月 
 神事により自己の使命を感得見真実の境地に至る

昭和6年(1931年)6月15日
 千葉県鋸山山頂にて霊界における夜昼転換を感得
 天照皇大御神様お迎え

昭和9年(1934年)6月15日
 赤坂日枝神社にて神事
 天照皇大御神様御鎮座 

昭和9年(1934年)12月23日
 「応神堂」にて「大日本観音会仮発会式」執行

昭和10年(1935年)1月1日
  立教「大日本観音会発会式」執行

昭和29年(1944年)6月15日
 メシヤ御降誕仮祝典挙行
 メシヤ様に向い天津祝詞奏上
 御神名は天照皇大御神 (あまてらすすめらおおみかみ?)
 以後明主様をメシヤ様とおよび申し上げる

昭和30年(1945年)2月10日 午後3時33分
 メシヤ様御昇天

昭和30年〈1945年)3月3日
 メシヤ会館完成予定にて水晶殿とともに
  盛大なる完成式 が執り行われる予定だった。
  この時がメシヤ降誕本祝典の御予定だった?
   
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                             以上

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