メシヤ講座・三重

質疑応答形式で作成を始めた19年11月度からの「メシヤ講座・三重」を掲載していきます。
個人のプライバシーに関する記述および個人を特定できてしまう記述は編者の独断で省略しておりますので文章につながりがないことがございます。
また、筆記で作成していますので表現上書きとれなかった箇所もございます。
ご賢察の程お願い申し上げます。

第6号 平成20年4月度


メシヤ講座NO.86号 世界救世(メシヤ)教早わかり 人間 拝読
4月は三重支部の発会式挨拶をもってメシヤ講座・三重にかえさせていただきます

発会式挨拶

三重支部 M口

只今は、御神体御奉斎ならびに三重支部発会が許され、心新たにメシヤ様の御手足として御神業に邁進する決意を固めさせて頂きました。

本日は、このように大勢の皆様に参拝いただき、まことにありがとうございます。

さきほど楳木先生から御浄霊を頂きました。「御浄霊の光はみなさんの体に充満しその体から光が溢れ出す。そうして部屋全体に光が充満し今度は家から壁を越え隣の家へ地域へ溢れ出すそうです。だから参拝されている人数が多いほど光が充満するのが早いのです。」と11月のメシヤ講座で学ばせて頂きました。「神光満堂」入口に掲げさせていただいた御書の文字のとおり部屋一杯に光が充満していることと思います。

娘のアトピー性皮膚炎に御守護頂く

私共夫婦は娘のアトピー性皮膚炎の御浄化に御守護を頂いたのがきっかけで、20年前にメシヤ様と御神縁を許されました。

当時、娘は重症で三種類の塗り薬と、かゆみ止めの漢方薬を病院で処方されていましたが、薬を塗れば一時的にはきれいになりますが、しばらくすると湿疹がまた出てきてしまい、一向に回復の兆しが見えず不安な毎日を過ごしていたのです。


(アトピーのひどい頃)
 

(浄霊により御守護をいただいた娘)

私達を心配した家内の姉が、浄霊を頂けるお宅を紹介してくださり、毎日御浄霊を頂くようになりました。布教所へも週に2度は参拝しました。一週間も下痢が続いたり、緑色の便や漢方薬の臭いのする便も出ましたが、浄霊を頂き始めて3ヶ月過ぎた頃から体に出ていた膿が徐々にきれいになっていき約一年後には完全にきれいにして頂きました。そして平成元年8月に夫婦で「おひかり」を拝受しました。このときの「今度は救いの側に立たせていただかねば」との思い、そして「入信は二度目の誕生日ですよ」との当時の先生がかけてくださったお言葉を忘れることはできません。

現在では、「おひかり」を拝受しなくとも浄霊力を授かることができます。教団浄化の最中で申し込んでから半年間「おひかり」を頂くことができず、浄霊のお取次ぎが許されなかったことを思えば、なんと素晴らしい時代になったことでしょう。しかしそれはまた、厳しいことでもあると思います。「おひかり」というものに頼れないので自分自身の想念が如何にメシヤ様に繋げさせていただくことができるのかが問われてくると思うのです。

教育係

「人には誰にでも教育係が時所位に応じて付けられるということを認識していただきたいのです。それを拒んだりすれば、もったいない話です。」

『人間とは』という教えに、『神は一人一人それぞれの使命を与え、特徴を持たせ、生き変わり、死に変わり、理想目的に向かって前進せしめつつあるのである。』とあります。 人間というものは生き変わり死に変わり教育されているということです。と「メシヤ講座」にありますが、私もその時々において素晴らしい教師にめぐり合っています。

私は平成11年に、直接メシヤ様から御指導頂かれた事がある先達の元で学ばせていただく機会に恵まれました。

(以下略)

メシヤ教との出会い

私が、メシヤ教のホームページの「メシヤ講座」を読んだのは、平成十二年のことでした。現代に起こる事象を的確にメシヤ様の御教えで指導されており、インターネットを通じて「21世紀のバイブル」を発信されておられるのだと思いました。一番印象に残っているのが何といっても「お光がなくても氏名・年齢・職業をメシヤ様に報告すれば浄霊力が伝授される」という箇所です。

が、私どもは既にお光を拝受して浄霊に取り組んでおり奇蹟やご守護を数多く頂いておりますので、そのときはこれ以上踏み込むことはありませんでした。

ここ数年来世界救世教では教団一元化へ向けて歩みだしました。しかし、現場では何も変化はありませんでした。情報が圧倒的に少ないのです。機関紙「大経綸」での情報が唯一のものでした。御神体はどうなるのか?祖霊祭祀は?永代供養は?信者さんにとって多くの疑問が当然ありますが、一向に進捗がわからないのです。

 布教の現場を見れば、多数の行事に追われてあわただしく1年が過ぎていきます。そして御教えを読まない信者さんの如何に多いことか。本来の信仰のあり方とは何なのだろう?沸々と疑問が湧いてきました。

そんな頃、昨年の5月にお写真「浄霊の御手」を申込みいたしました。そしてメシヤ教のホームページで拝見した「メシヤ講座」に参加しようか迷っていましたので、京都聖地の春秋庵に参拝し、天津祝詞・善言讃詞を奏上「私どもの進む道をお示し頂きたい。」と祈りました。「大弥勒様の御尊像」はガラス越しですのでいつも光の加減で良く見ることはできないのですが、この時は何故かはっきりと拝することができ不思議な気持ちになるとともに、これは「私の進もうとしている道に間違いはない」との思いを強くさせて頂きました。

そして、楳木先生にメールを差し上げたのです。7月に、先生はわざわざ三重までおいでくださり、私ども夫婦のために深夜までお話をしてくださいました。始めの取り組みとして、先祖供養のあり方について深く御教導頂きました。

8月には仏壇を拵え位牌を整えることができました。

先月はメシヤ講座に参加されておられる方が私どもの先祖様がニコニコとメシヤ講座を一緒に聞いているのを霊視され、取り組みの正しさを確信することができました。

座御観音様の御奉斎

8月のメシヤ講座の後、先生と懇談しておりましたが、妻が突然メシヤ様の御神筆の座御観音様(現在奥の床に奉斎している)を持ち出してきて先生にお見せしました。なぜかどうしても見て頂きたくなったのだそうです。そして、平成5年より御守護賜りました御神体をお巻き上げし、座御観音様を御奉斎いたしました。

後に先生が、奥様の思わぬ行動により、ご主人が決心し、「座御観音様」を奉斎した。これも夫唱婦随だと思いました。と話して下さいました。

座御観音様はメシヤ様御在世当時の御神体でもありましたので、偉大な御力が発揮されるだろうと思う反面、昔に逆戻りするような心配もありましたが、楳木先生より参拝すると「主のお文字が浮かび上がってくるので主之大御神様として参拝されてよろしいですよ」お言葉を頂き心強くなりました。

また、先生より「日月地」は力を授ける時の働きで、「五六七」には御経綸の働きがあります。

両方の働きが合体しないと本当の救いの働きが発揮できないのです。両方を発揮できるのは主之大御神様なのです。万教帰一とは主之大御神様の分神である八百万の神達が元の神につながっていくことです。と御教導頂き、座御観音様の見えない背後におわします主之大御神様に礼拝している想念を持って参拝をさせていただいておりました。

そして、多くの御守護を頂きました。親類がくも膜下出血で手術を余儀なくされた報告をした時には、緊急を要するからと先生がすぐに電話を下さり、「臍の両側の奥にある大動脈と大静脈を満遍なく浄霊しては、患部をするというようにしてください。」と浄霊の急所を指示して下さいました。1ヶ月程毎日浄霊に通い、徐々に良くして頂き、今では職場復帰を果たしております。

また、借金問題に苦しむ人に対しては、根本の原因を探り的確な解決方法を御指導下さいました。

そして、「借金整理するのに新たな借金はしない」というのが基本的な債務整理の考え方であると教えて頂きました。今では問題解決の道筋がついたと喜んでおられます。

メシヤ講座で学びを深めていく中、メシヤ様の信仰を経験された方ならよろしいのですが、始めてメシヤ様にご縁のあった方には座御観音様への参拝はわかりにくいのです。大黒様を御神体と思われていた方もおりました。メシヤ講座の参加者が増えてくる中、これでいいのだろうかと思っていました。

御降臨祭に浜松支部に参拝し、神々しい御神体を拝し、感動を覚えました。翌日に神仙郷を訪れ箱根美術館に立ち寄りましたら「日の出観音」様が展示されておりました。その説明書きを見て驚きました。そこには、昭和11年1月1日の大日本観音教会発足時の御神体であった。世界メシヤ教の開教を前に明主様は「メシヤ観音」と改称された。と書かれていました。「メシヤ観音」と呼ばれていたのです。神床に御奉斎させて頂いた観音様がメシヤ観音様です。

主之大御神様を中心に向かって右にメシヤ様そして左にメシヤ観音様。御神前のイメージがはっきりとしてきました。

そして、主之大御神様の御神体をお迎えさせていただくことを決意いたしました。お申込みをし、神床が出来上がり御神前が整ったら非常に荘厳な雰囲気になりました。御神体をお申込みしたときから霊的には神様は御鎮まり頂いておられると思い、神床の白壁に向かい主之大御神様を意識して祝詞を奏上いたしました。

その後すぐに主之大御神様は、奇蹟を見せて下さいました。メシヤ講座に参加されておられる方が、犬の散歩をしていたら雨に降られ家に戻る直前にすぐ傍に雷が落ち、火花が後ろから飛んできたほどだった。ひとつ間違えば自分に落ちていた。主之大御神様・メシヤ様にお救い頂いた。と報告に来られたのです。

前々日、その方に御浄霊のお取次ぎをさせていただいた時に「先生から一緒にやっていきましょうよ。とお誘いしてください。と言っておられました。どうでしょうか」と尋ねたときには「時期が来たら何かのお知らせがあると思います」と、言われた翌日のことですので、やはり神様からのお気付けと捉えられたようで、落雷の後、前回のメシヤ講座を読み直されたそうです。そして、「真善美全き恒久平和の理想世界実現に向けてメシヤ様の御手足として年寄りではありますがお使いいただきたい。」とおしゃって下さいました。

先生からは、「大きなお働きをいただいています。神様のご対応も素早いですね。一層心して4月12日を目指さねばならない、と受け止めました。」と御指導頂きました。

その方はつい先日も、歯痛の浄化を頂き、浄霊の急所を調べようと「浄霊法講座」を読んでいたらいつの間にか治っていたという御守護を頂きました。先生からは「御教えを拝読する最中に御守護をいただくなどは典型的なことです。お光は既に強いのです。」と御指導頂いております。

弥勒菩薩の首折れる

【弥勒菩薩について】

十数年前、奈良の中宮寺に参拝したときに寺の傍の店で弥勒菩薩のお像を妻が購入しました。その後妻が、死ぬかと思うほどのひどい肺炎になり、「景仰」をむさぼるように拝読しました。そして、神様に「せめて子供たちが学校を卒業するまでは生かせてください」と祈りました。昨年娘が高校を卒業し就職しました。四月に三重県に震度5の地震が起きたときのことです。家に戻ったら弥勒菩薩の首がとれていました。

このことに関して、先生は、

「神様にお祈りするのに期限を切ってはいけない。低い神様だと本当に命と交換になります。五六七大神様への祈りだから良かった。主神は無病息災をあくまでも望んでいるのです。

個人の取り組みとして「景仰」を拝読したのは良いことです。想いが拡大していかなくてはなりません。                 

弥勒菩薩の首がとれたのは役割が終わったということです。そして、その延長線上に「メシヤ講座」があると受けとめましょう。また、自分自身の因縁使命を明確に持つと受け止めさせていただくことです。」と御指導下さいました。

「天国の礎宗教篇 上」に次のような話が出てまいります。

【当時大本教の和田堀にあった東京別院というところに、等身大の陶器製の観世音菩薩があったが、どうしたはずみか、首が折れたのである。私は変だと思ったところ、それから間もなく法難が起こったのであった。これは昼に転換したことの暗示であることに間違いはない。】

今から考えますと、弥勒菩薩の首が折れてから春秋庵へ行き、メシヤ教と出会ったのですから私が転籍する暗示であったのかも知れません。「世尊観世音菩薩此土に天降らせ給ひ 光明如来と現じ 應身彌勒と化し 救世主とならせ」と善言讃詞にありますように五六七の働きからメシヤの働きに転換したと受け止めさせて頂きました。

先月のメシヤ講座で学んだ

「旧文化の中からも役立つべきものは残され、そうでないものは革正して役立つものにされ給うという事である。それが神の大愛である。」このメシヤ様の御教えを肝に銘じ、神の大愛により一人でも多くの人が救われますようにこの三重支部を拠点に活動して参ります。しかしそれは私達夫婦だけではできないことです。そこで今まで一緒に学んできた皆様にご協力をお願いしたいのは、支部という救いの拠点をお許し頂けたのですから問題解決の場に活用して頂きたいのです。一人で悩まずに御神前で智慧を頂きましょう。メシヤ様にお願いして皆で語り合い、問題の根本原因を探り、人事を尽くして対処し、浄霊を継続して頂いていくならば、きっと御守護が頂けることでしょう。

私どもも精一杯お世話させていただきます。そして、問題が解決できたとき一歩向上させて頂けた時に、一緒に喜び合いたいのです。

お世話をさせていただく時の心得を先達は次のようにお示し下さっております。

「布教三訓」「るナ三訓」を極めてゆくと、御神業は『遊行観音』の振る舞いの如くである、ということが肚に落ち、肩の力が抜けてゆく。そして、御神業は楽しくて仕方ないものとなる。

メシヤ講座の「景仰」を如何ように拝読するか・・で楳木先生が御指導下さったことです。

「布教三訓」とは

◎メシヤ様と共同作業をさせて頂く。

◎恩は着るべし着せるべからず。

◎寝食を忘れてやりなさい。

「るナ三訓」とは

威張るナ 怒るナ 早まるナ です。

自らに言い聞かせ腹に入るように、朝拝の時に唱和させて頂いております。

また、

渋井總斎伝 御用の人」の本の中で渋井先生は新たに専従者になった人に次のようなお言葉をかけています。

【導いた人の浄化を解決するためにお世話をする。それが困難な人ほど前世に関係があった同士で、生まれてきて師弟関係になってくる。だから礼節と順序は厳しいものなんだ。この神様の御用をする人は、代々前世の夜の時代の建設者だった。いわば、霊的な意味で罪つくりをたくさんしている。そして今度は昼の時代に生まれてきて、神様の御用をさせていただいて罪滅ぼしをするようになるのであるから、浄化は厳しいよ。その霊の浄めをいただきながら、ひとつひとつ浄化を解決していくなかで向上していく仕組みになっているのだから、浄化も厳しいが解決したときにその喜びも大きい。辛いこともあるが辛いことだけじゃない。必ずその中には楽しみもあるはず。その辛いこと楽しいことの繰り返しのなかで修行させられていくのだから、浄化に負けないでしっかりやりなさい。そして、そういうことを体験するほど、将来のために大きな力となるのです。それには「焦らず、怒らず、怠らず」の三箇条を守っていきなさい。】

先に挙げました、布教三訓 ルナ三訓 と共に肝に銘じておきたいと思います。

「以前より宗派を問わず気軽に集え、御浄霊が頂ける。そしてメシヤ様の教えを拡げる場が、あったらいいな。と思っておりました。」このたびその夢を我家で実現することができ、感激の極みでございます。今日より支えてくださる仲間と共にメシヤ様の御教えを宣べ伝え、浄霊の輪を拡げることで地上天国建設の御神業の一端を担って行きたいと存じます。

本日はまことにありがとうございました。

以上

《参照》
「天国の礎 宗教編 上」世界救世教いづのめ教団出版部発行「渋井總斎伝 御用の人」世界救世教いづのめ教団出版部発行


今月のメシヤ講座は
   メシヤ教ホームページご覧ください。


inserted by FC2 system inserted by FC2 system